カテゴリ:宗務総長大森光祥お言葉( 14 )

21年6月の感謝祭での宗務総長の話

奈良県五條市如意寺の6月の感謝祭に参加して、宗務総長の話を聞いてきました。
この方は、現管長様のように本を書いておられませんので、法話は大変貴重なものです。
6月の感謝祭で聞いた法話の内容です。
一部聞きづらいところは「………」で表記しています。
ご勘弁下さい。

法話内容の項目はブログ者が勝手につけたものです。
以前の法話は、リンクしていませんので、カテゴリーから探してください。

(編集項目)
1前言(空梅雨、ブツジョ(仏女)、レツジョ(歴女))
2 今月のお言葉の法話
(1) お言葉の内容
(2) 願うだけでは不十分、幸せは真心から生まれます。
(3) 生み出すとは、鐘の音と拍手のたとえ
(4) 因と縁が出合って果が生じる
(5) 果は弁天さまのお働き
(6) お言葉集成の中の火事になったお寿司屋さんの話
(7) お寿司屋さんを救うためのお宗祖さまの祈り
(8) 縁が生まれてくるような動きをすること
(9) 動く方向を間違えてはいけない。
(10) 榎木が芽を出す縁の話
(11) 因があっても縁がないと果は生じない。
(12) 方向を定めるべきだ。その方向とは
(13) 信仰の世界は10聞いて1できる人の方助かる。

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20年12月の感謝祭での宗務総長の話
奈良県五條市如意寺の納めの感謝祭に参加して、納めに関する宗務総長の話を聞いてきました。

(編集項目はブログ者)
1 12月は納めの感謝祭
2 私の課題その1、宗教は文化(カルチャー)
3 私の課題その2 演歌歌手ジェロ
4 老人は神様の域にもっとも近い

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20年10月15日感謝祭での総長の話

録音してありますが、記録できたら差し替えます。
総長さんは、今日は日々のお言葉の話はなく、宗祖霊験75年祭に向けて、各人に積徳を要求された。
積徳の1つはお導き、万人を救いたいというご本尊さまお宗祖様の願いに応えるべく、未信者の方を導いて欲しいと言われた。
例として、お言葉集成にある大阪でご神示を受けたAさんは倉敷に転勤した。
そこで10年間お宗祖様にお縋りするようお導きをして5~6人を桔梗殿(冥応寺設立前の大阪布教拠点)に送り込みお宗祖様は支部もない岡山から良く来られるなと思っていた。

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20年8月15日奈良県五條市大和本部感謝祭での宗務総長の挨拶

(編集項目:ブログ者)
1 智弁奈良高校の全力で立ち向かう姿勢と強運
2 うら盆会の新しい考え方(説)
3 日本の祖霊供養は年末年始だけだった
4 祖霊殿の五色の旗に書かれた如来さま
5 無数にある先祖様との向き合い方
6 結言

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20年7月27日夏期清掃まこと行の宗務総長の挨拶

奈良県五條の大和本部の清掃まこと行は本部施設とその駐車場、灯ろう流しの吉野川河川敷及びご宗祖さま御廟で行われ、最初のお勤めは大和本部と御廟に分かれ、終わりのお勤めは大和本部に集合して行われます。そのお勤め終了後の信者の清掃まこと行に対する宗務総長の挨拶です。

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20年7月15日感謝祭の宗務総長の話

宗務総長の話は前段が主に秋葉原の事件と文化人類学、後段がお言葉70でした。

1 時候の挨拶

暑い日が続いておりますけれど、皆様方お元気でお過ごしのことだろうと拝察する次第でございます。

2 管長様の誕生日

さて、今日は10時のお勤めの前に、チベン保育園の園児達がお見えに成られまして、大きな声でしたからお聞きになったであろうと思うわけでございますが、7月16日は、実は管長猊下のお誕生日です。
従いまして、お幾つに成られたかは後でお聞きになった下さい。
私が音頭とります。
ですから園児達に負けないように、おめでとうございますと大きな声でご唱和して頂きたいと思いわけでございます。
管長様、お誕生日おめでとうございます。(唱和:おめでとうございます。)
ということでございまして、
エー本当に、先般、7月は6日7日と御神池お水替え祭が盛大に執行されました。

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3回目の弁天信仰 20年6月15日感謝祭での総長の話

(編集項目:ブログ者)
1 前言
2 6月の第3日曜日
3 ミャンマー、四川省、宮城岩手内陸の天災
4 先月までの話
5 今日は我がご本尊さまの起源
6 管長様の書いた経典水の章解義から朗読
7 ご本尊さまは起源なきお方
8 ご本尊さまは姿・形なきお方
9 本殿の行基菩薩作の本尊像をどう捉えるか
10 弁天像の向こうにおられる原水を感得する

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2回目の弁天信仰 20年5月15日感謝祭総長の話

(編集項目:ブログ者)
1 時候の挨拶
2 土台がためをして霊顕祭へ向かおう
3 2回目の弁天信仰(一般の弁天さまとの違い)

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20年5月29日(木)奈良五條市大和本部年忌法要時の宗務総長法話

皆様本日はようこそご参拝を下さいました。
只今、皆様方とご一緒に、6月分の永代経年忌法要と併せまして、永代経の新申込の法要、また特別法要を申し込まれた方の法要をさせて頂いたわけです。
皆様方には様々なご予定がお有りであったともうわけでございますけれど、曲げてご参集下さいましたことを、さぞやご先祖様はお喜びであったであろうと拝察している次第でございます。

これはいつも申し上げております。
また、色んなところで聞かれていようかと思うわけでございますけれども、このご先祖様というお方はですね。
いわば、我々をこの世に送り出してくださった方々です。
鎖の輪が本当に繋がっているのですね。
命の連続に鎖の輪が、どれ1つ欠けましても、今の我々はもう無いのです。
できるかどうかは別にしまして、その鎖を1つ千切ったとしますと、今の我々の存在は消えて無くなるのです。
従いましてご先祖様が、いらっしゃるからこそ今の我々があるのです。
我々が居るからご先祖様があるわけではありません。
従いましてそのように考えました時には、もうご先祖様に対しましてはもう無条件の感謝を捧げなくてはならないということになるわけです。
条件がないのですね。ただ、ただ感謝るのみ。
そういうご先祖様に対しての我々の姿勢が大切になるのです。
間違いましても自分のこの世の現状をご先祖様に求めていってはならないのです。
で、そのご先祖様に対しての感謝ですが、それは本来は毎日毎日、感謝すべきでありましょう。
だから、こういう節目の時には特にそういう想いを、強く強く思い出して頂かなければならないのですね。
そして、その感謝の念をもちまして、日々のご回向を通しましてご先祖様と向き合って頂きたいのですが。
そのご先祖様と向き合うと申しましても、私たちが日頃向き合うようにはいきません。
会話を交わしてもご先祖様の方から我々わかる人間の言葉で語りかけてくださるはずはございません。
ですから何か形をもって、ご先祖様がいらっしゃるというだけで有り難いと思うわけでありますよね。
特別な、ご先祖様と我々の向き合い方があると思うのであります。
その向き合い方は何というかいいますと、それをまさに私たちは供養という言葉で表します。
即ち、供養ということはご先祖様の、私たちから見た時の感謝の念を持っての向き合い方をいうわけです。
特にこの様な節目節目の場合におきましては、感謝の念をやぱり強く持って、ただ有り難いだけではなくってね。
その想いを強く強く持って頂かねばなりませんね。
そんなふうに思っているわけでございます。
皆様方も恐らくそのような気持ちで、今日お見えのことだろうと思うわけでございますが、どうぞこれからこのような法要の時には、まずは、感謝の念を強く持って頂きまして、この法要に参加して頂ければと、このようの思っているわけでございます。
そして、その供養のまず大前提は、今申しました感謝です。
で、それをですね。具体的に供養を実践して頂こうと思います。
やっぱり、欠けてはならない柱のようなものがあると申しておきます。

で、大前提はこの感謝なんですが、ます、大前提は、強く強く思ったその感謝が、形に表さなくちゃならないということですね。
皆様方が施主というお立場でこのお塔婆という形を表して頂くのです。
お塔婆というのはご先祖様の復活という言葉で「依り代」です。
これに戒名を書きますと単なる板ではなくなるです。
今日からご先祖様の依り代として、抽象的な意味が付与されました。
そんなお塔婆を皆様方は、施主という立場で形に現して頂きたいのです。
どうぞね。節目節目のこの法要の際にはその想いをとにかく形をもって現して頂きたいなと、こんなふうに持っています。感
謝の念を現して頂きたいなと思っております。
只今宗でやっています宗祖様のお示しになって先祖供養、それはお塔婆をお申し込み頂きまして、お家の持って帰りまして、ご自身で供養して頂くということでございましたね。
それをまあ、宗祖さまの仰いました通りの供養をなさていただきたい。
それは毎日して頂くということです。
毎日供養とか、定期的に1週間1週間供養をなさっていらっしゃる方がおられますけれども、それは別としまして、基本はそういった形でお塔婆を申し込み頂きましてね。
毎月の供養をして頂くのが信者として(又は子孫として)避けて通れないことです。

2番目に大事なことは、宗祖さまの教えに、また弁天宗の制度として何でも預け放し、お願いし放しはありません。
お宗祖様のご神事もそうであります。
貴方もしっかり信仰するのですよと必ず宗祖さまそう仰っていらっしゃる。
貴方は何もしなくて良い。私が全部貴方のためにやります。
やらせて頂きます。
そんなことは宗祖さまは仰っていらっしゃらないと思うのです。
供養も同じであります。ですからこれもなさってください。
ご案内がありましたら、様々な事情がありましても、やむえない事情がありましたら仕方がないでしょうが、距離が遠いなどをいわず何はさておきましてもお詣りさせて頂だこう。
そしてみんなとお勤めをさしてもらおうと私は思うのです。
こちらに事情でお詣りされなかったのは、我々が代わりましてこの戒名を読み上げさせて頂いて、ご供養いたしました。
本来施主の代わりを我々はできない。
我々が100万反お経を唱えても施主の皆様方が般若心経1巻唱える事が出来たといたしますと、それの方がはるかに功徳はあると私は思うのです。
今日は皆様がお経を唱えて頂いた。きっとご先祖様は喜んでくださったに違いないと思っておりますし、ただ、先ほど申しましたように、宗祖さま教えに従った供養というのは、そのような供養でございますので、毎月どうぞなさってくださいますようお願いいたしておきます。
預けなどは本来ないんだというようにご承知下さい。
感謝は形をもって現す。
それからご案内がありましたら何はさておき参列して頂くことをお願いします。
ここまでは、できるのですけれどね。

3番目の供養の柱があるのです。
これはどういうことかと申しますと、施主である我々が幸せになることです。
皆様方が幸せであるということが大きな供養なのですよということを教えて頂くことがあるのですが、本当にそうだと思います。
私たちもいずれはご先祖様の仲間入りを致します。
そういった時に、まだ見ぬ子や孫が幸せであるということは、本当に私たちが一人一人になっても心が安らぐだろうと思います。
私たちが幸せであるということが、ご先祖様が喜んでくださっている。
このように捉えて頂きたいですね。
どうか宗祖さまのお示しになったこの幸せの道を、間違いなく歩いているか。
どうかその辺を、ですね。足もとを見直して頂きますよう。
そして間違いない幸せの道を歩いて下しますように。
それが供養の3番目の柱です。
これはお良く忘れがちになると思うのです。
形を現すことに続いて、積極的に足運びをし、参列もしているがどうも何かあると思う方はもう一度、ご確認して頂きたいと申し上げておきます。
供養については申し上げましたので皆様のお立場での、応用問題になりますが、どうぞそれぞれの立場で、解決し、幸せの道を歩んでください。
今日は本当にご苦労さまでした。
これで法要は終わらせて頂きます。
有り難うございました。
19年7月1日の年忌法要時の宗務総長の話

皆様本日はようこそ、お詣り頂きました。
ただいま7月の永代供養に引き続き、特別年忌の法要、また永代経の供養をあわせて行わせていただきました。

皆様におかれましては様々なご予定がございましたことだと拝察しますが、そこを曲げて、この法要に参加いたされましたことに厚くお礼申し上げます。
またご先祖様のお喜びの声は聞こえませんが、ご先祖様もさぞやお喜びのことであろうと思います。
ご先祖様というお方は、我々をこの世に送り出してくださった方達なのですね。
ご先祖様がおられるから今我々がある。
我々がいるからご先祖様がいらっしゃるのではないですね。
ご先祖様がおられたから我々がいるのでございます。
それは、生命の連続という中に、我々は生きているということになろうかなと思います。
ご先祖様あっての我々であるという事を、今日は確認させていただく、ご先祖様と向き合って頂くことになります。
ご先祖様と節目、節目にあってはいつも向き合って頂きたいのです。
ご先祖様に感謝の思いを伝えるのが先祖供養です。
先祖供養と申しましても、実はご先祖様と我々が向き合うことなのです。
向き合うことを通してご先祖様に我々の思いを伝えて行く事が大事かなと思います。
それでは具体的にどうするかということになります。

まず供養と申しますのは、それは形をもって現さなければなりません。
形をもっているのです。
いくらご先祖様有り難うございますといいましても、それが単なる思いである内は、ご先祖様に伝わらないのです。
従いまして我々の思いを、今日は塔婆、あるいは永代経という形で感謝してご先祖様を現しています。そしてご案内によりおいで下さいました。
今、宗団がやっていますが、毎月毎月の先祖供養をなさってくださいますようこの場をお借りしましてお願い申します。
ご先祖様をお塔婆に現すことが大事だと思います。

現在、弁天宗の行は預け放し、任せ放しというものはないのでございます。
従いまして宗祖さまがお示しになられた方法で先祖供養をしなければなりません。
これは基本的にはご先祖様をおうちに持ち帰るということです。
今日また、まさに皆様方がなさってくださいましたように、任せ放し、預け放しにしないことです。
本日事情がありこの法要に参列できない方はこれはやむを得ないと思います。
だからといって供養が届いていないとと思うわけではありません。
できれば万難を排してこの様な法要には参列をすることです。
参列をしながらお経をともどもにお唱えするということが大事です。

我々も経を唱えましが、皆様方がお経を唱えるということは、我々はできません。
代わることができないからです。
そんな風に考え、足を運び参列し、お経をあげてくださることがご先祖の供養として大事なことだと思います。
そしてもう一つ注意して頂きたいことは、良く生きるということです。
これが供養になります。
子孫である我々がよりよい人生を歩むことが大事だと思います。
私達が良く生きるとご先祖様が喜んでくださっていると思うのであります。
どうぞそのために信仰がありますので、よりよく生きてゆく、幸せになることも大事な供養であると思います

今日は、ご先祖様と向き合って頂くことを申しました。
ご先祖様あっての我々です有り難うございますという感謝の念を供養の柱にしていただきたいとお願いいたしたいと思います。