お言葉14 教区便り

お言葉14 教区便り

宗本部から11月の実践目標として示された日々のお言葉14が教区便りに載っていました。

日々のお言葉14 「実行しなさい、考えているだけではだめです」

実行ということを考える場合、実行そのものを問題とする前に、その「方向」をしっかり見定めておくことが大切である。
これを誤ると独りよがりの行為となり、目的とするものは得られないどころか他に迷惑を及ぼす。
私たちのお手本は、宗祖様である。
他のために尽くしきってこられた宗祖様の歩みに「方向」を定めよう。
これが定まれば後は文字通り、実行あるのみである。




私見

1 私たちの手本は宗祖様であるという言葉にも疑問が生じるのです。
お宗祖さまは特別な方です。
私は、30年ほど前に入信し毎日1回早く唱えて25分かかる千座行のお経を上げていました。
其のお勤め経文の中に観音経の偈文が含まれています。
その中にある「観音妙智力 能救世間苦 具足神通力 広修智方便 十方諸国土 無刹不現身」
観音の妙智力はよく世間の苦しみを救う。
神通力を備え、広く智恵の方便を習得し、あらゆる世界の国土で
姿を現すことができる(姿を現さないということがない)。
この文章が理解できませんでした。
観音様が姿を本当に現すのだろうかという疑問を弁天宗に入信するまで思っていました。
ところが辯天宗では亡くなったお宗祖さまが現実に姿を現し信者をご指示をして病院に通わせ、九死一生をえさせられた。
夢で元気づけるお言葉をかけられ元気にお詣りができた。
財布を無くしてお宗祖さまの像の前で助けてくださいと祈ると警察、警察と言われ警察に行くと拾得物として届けられていた。
等数々の事象が、「観音妙智力 能救世間苦 具足神通力 広修智方便 十方諸国土 無刹不現身」を表しているのです。
神さまの神通力を持たれた方がお手本ですと言えるのでしょうか。
我々は神さまのまねはできません。
人間として努力するだけです。
お宗祖さまの歩みに「方向」を定めようと言われても貴方はどうですかと言いたいのですね。
方向性など関係ありません。

2 このお言葉が発せられた対象はどういう人でしょう。

実行しないさいとは、以下ではないかと思うのです。
1 神さまにしっかり縋りなさい。縋った神さまはお1人ですよ。フラフラしてはいけません。
2 私の言った事(感謝祭等月に1度の詣り、先祖供養、奉仕、善根功徳行)を忘れないで実行してください。
3 弁天様のお指図(五行のお諭し、ご神示)をおろそかにしてはなりません。皆さんを幸せにする為の道を方法を押せて下さっているのですから、神さまの言われる事実行してください。

それは、お宗祖さまの最初の時代は拝み屋さんとして祈祷師として活躍され、ご神示を受けてその場の苦しみを助けてもらう方々が多かったこと。
ご神示を受けて悩みや苦しみが無くなると、お詣りの足が遠のく人が多かった。
信者という気持ちよりお宗祖さまに直していただくと言った甘えから、本当の信仰の必要性について深く悟った方がいないからでしょう。
私は、そのような信仰にしたのは既成宗教団体の、神仏の恭敬葬儀供養の事は私たちに任せ、信者の皆さまはお祭りの時に集まりお祈りをしてください。葬儀や供養にはお坊さんを呼んでお経を上げてください。
皆さまはできたら仏壇に、神棚に手を合わせてくださいという指導の結果ではないかと思うのです。

お宗祖さまは、真心を常に忘れない。慈悲愍みの心を養う。善根功徳行を行う。感謝をする。不平不満を言わないの五行のお諭しを示されています。
これは信者がお坊さん任せにしない。
自分自身もしっかり信仰実践をする必要性を説かれていると思います。

さらにできるだけ、お宗祖さまの御教えを日々実践することでしょう。
しかし実行あるのみという抽象的な表現ではのれんに腕押しですね。

私の最小限の実行は、朝夕の一心になったお祈りだと思います。
助けてくださいという縋る祈り。
今日も元気で朝夕を迎えました有難うございますという報恩感謝に祈りが最も大事な実行すべきことだと思います。
立派な信者ではありません。日々悪因縁を作っていますがそう思ってお祈りをしています。
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