お宗祖さまのお諭し真実の祈りをする人は最後に勝利する

真実の祈りをする人は最後に勝利する お宗祖さまのお諭し

平成21年9月15日号高田教区の高田だよりに「真実の祈りをする人は最後に勝利する」という題でお宗祖さまお諭しがありましたので転記しました。
文章の最後に「昭和42年宗祖尊女年頭のお言葉より」と後記がありました。
お宗祖さまは昭和42年2月15日に亡くなられ、年頭は病床にあったと思います。
お亡くなりに前の残された ご遺告を除いて、信者に残された最後のお諭しだと私は思います。

ご神示ばかり頼りにしているようでは、本当のおかげはもらえないのです。
本当の信仰に徹してまいりましたら、ご神示等問題ではない。
ご神示等を受けなくてもちゃんとご本尊さまがおみちびきくださる、そういう風になるはずでございます。
間違いございません。
それだけのお力をお示しくださいます。
このように信じていただく、これが信仰なのです。
右か左か迷って、ご神示をいただけないから困っている。
そして今まで大事に育ててきた自分の信仰までひびを入れるようなことになっている。
要するに迷っている。
これではいけません。
こういう方があるのじゃないですか。
善く反省して見てください。
自分は今の信仰を頼りなく思っていないだろうか、どうだろうかということです。
信仰ということは少なくとも信仰しておかげをいただくのだということは、自分の心の問題です。
誰がどうしたから、どこの誰々がこうしてくれないからどうのこうのということではなりません。
自分のご本尊さまのお導きを信じて、お祈りさせていただくのだ。信仰するのだ。行もするのだ。
そういうことでないといけないのでございます。
そういう方をご本尊さまはお見捨てになろうはずがございません。
そういう方が、例えば、右か左かということを決めなければならない事に直面した時には、きっと何かの方法で、行く先をお示しくださるはずでございます。
そういう方のお祈りはきっとご本尊さまに通じているからでございます。
真実の信仰をしてください。
フラフラしない信仰でございます。
誰になんと言われようと、迷わない固い信仰、これが本当の、真実の信仰、本当の祈りなのですね。
真実に祈りとは固く信じて祈ることです。
ご本尊さまのお力を誰に何と言われようと信じている。
これなのです。
他の人たちのように、困ったからといって他所へお伺いをたてに行く。
その時は、非常に楽におかげがあったように見えます。
右とか左とか何時までも苦しまなくて済むのですからね。
ですけど、迷わなかった人は、いつまでも解決がつかないで苦しい。
確かに苦しことだと思います。
他の人はとうの昔に右か左か決めてもらっているのに、自分はまだ決まらない。
そういうことだってあるでしょう。
しかし最後をごらんなさいと申し上げるのです。
きっとあなたが勝ちます。
その時はかえって真実であったがために苦しいでしょうが、最後の勝負は勝ちです。
間違いありません。
誰になんと言われようが、真実一路で(ご本尊さまに)通じてごらんなさい。
真実はまごころですから、これよりほかに強いものはないはずです。
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by nohara4241 | 2009-12-19 05:01 | 新年の挨拶