お言葉48 宗務総長(朔日詣り)

日々のお言葉48 朔日詣りで聞いた宗務総長の話
「みちびきは自分の修養」

朔日詣りをしますと1000からのお勤めを宗務総長が主催し、終わると10分ほど今日のお宗祖様のお言葉の解説かあります。そのお話です。
(項区分ブログ者)
1 前言
2 12月という月
3 お言葉48 お導きは自分の修養
⑴ お導きとはこちらが運ぶのです。
⑵ その証拠は宗祖様のお導きのポイント
⑶ 何を導くのか。相手の生活です。
⑷ 他の宗団の入信勧誘
⑸ 相手にしてやれることが10、20、30くらい
⑹ 相手に喜びを運ぶ行為がお導き




1 前言
ようこそご参拝をくださいました。え~只今は、沢山の信者様から申し込まれました特別大祈願の祈願成就のお祈りを申し上げたわけです。
信者様方のたくさんのお祈りを合わせて行うことができましたわけです。
誠に有り難くお礼申し上げる次第です。

2 12月という月
今年ももう一月となったわけでございますが、皆様にとりまして、この1年はどんな年でございましたでしょうか?
よく教えて頂きますことでございますけれど、この12月はいわばこの1年の総決算の月です。従いまして、この1年間の出合いを通して1つ1つ教えを通して振り返ってみて反省すべきは反省し、しかし感謝すべきは感謝する。
こういうことを1日、1日大切に行って行く。この様な月だそうですので、どうかあと残り僅かでございます。
この1日1日を大切にお過ごしになってくださいまして、また来年元気でお正月をお迎えになってくださいますように、お願いを致します次第でございますので、どうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。

3 お導きは自分の修養
それでは、今日宗祖様から頂きましたお言葉が左に掲げられていますので、少しお話を申しましょう。
今日は48番目で、「導きは自分の修養」というお言葉を頂いています。

⑴ お導きとはこちらが運ぶのです。
さて今日のお言葉のテーマは、お導きです。でお導きと申しますと、つい私たちは勘違いし、お導きをしようとする対象の方がいらっしゃいますね。

その対象の方をこちらに引き入れよう引き入れようとする。それがお導きだ。こんな風に、とらえてしまいがちです。
ご存じでありますが、しかし、本来はそれは逆です。
相手を引っ張るんじゃなくて。こちらから運ぶのです。何としても相手のその人に幸せになって欲しい。先ずはそう自分が思うた。
その喜びに繋がることを相手に、どれだけ運ぶことができるか。
相手に喜びを運ぶあなたの行為を導きという。
だから、ここで、お宗祖様は導きは自分の修養と仰って下さっているのです。

⑵ その証拠は宗祖様のお導きのポイント
それが証拠に、宗祖様は導きのポイント。お言葉集成第1集で5つあげていらっしゃる。
え~記憶も年と共に怪しくなってきました。
1つはね。先ず1つ。自分の身辺を正しなさい。
それがダメだともうお導きもできない。
で2番目に、しっかりした信仰を持つこと。
3番目に、とにかく親身になること。
4番目、お勤めの励行をしなさい(不明です?)
そして5つ目は、自分を捨てることを考えなさい。
こんな事を仰っている。つまり、これは全部自分のことですよね。
つまり自分の相手を思う慈悲行のことなのです。
これをお導きと、こんな風にいうわけです。

従いましてね。どうぞ、相手をこっちに引っ張ろう。引っ張ろうということでなくてね。どれだけ相手に運ぶことができるのか。先ずこれを、大事にしていただくっちゃいけないと思う。
その結果として始めた相手がこちらを向いて下さって、入信と言うことになるのでしょうね。

⑶ 何を導くのか。相手の生活です。
しかし、導き導きといいますが、じゃあ実際、何を導くのですか?
相手の何を導くのですか?
私はこんな風に思っているのです。それは、相手の生活を導く。
相手の生活が信仰の喜びに目覚めて下さって、その相手の生活が1つでも変化してもらうことを目標にして頂くのがよいのではないかと思うのです。
で、相手の生活申しますとこれは大変だと思われるかも知れないのですけどね。
よく、あの、こんな風なことを申します。
1を聞いて10を知る人が素晴らしい。よく世間では言いますが。
信仰の世界は反対であります。10聞いて1できればいいですね。
そのような観点から、相手の生活の何か1つこれを変えたいと思って頂く事が大事かなと言う気がいたしますのです。
例えば、ご分身を何時かお祀りして貰えるようになれないだろうかとおもうとかね。
あるいは、先祖供養をして貰えるようにこの喜びを運ぼう。
あるいは日常生活の中で食事作法ができるようになって頂こうかとか。何か1つに絞って相手の生活を変えると言うことがいいのかなと思います。
そこから喜びを段々運ぶ1人1人のあなたの行が大事なのですよということだろうなと。こんな風に思っておるわけでございます。

⑷ 他の宗団の入信勧誘
え~世間でもね。色々な宗教団体がございます。特に勧誘が厳しいと言うことで、いろいろ、そういう世間的評価を得ている宗団が、あるようですね。
その宗団に入信した方がこんな風なことを仰っていらっしゃいます。
何故あなたは世間的に強引な勧誘と言うことで、ともすれば非難を受けがちなその宗教に入信したのですかと聞きますと、その方は私が困った時、真っ先に来てくれたのがその教団に人です。だから私はその教団に入信したのです。
世間の評価は関係ない。なるほどそうかも分かりません。
こうした社会の中で誰よりも自分のことを思ってくれている。
そういう人のと事に我々は寄り添っていくでしょう。

⑸ 相手にしてやれることが10、20、30くらい
皆様方どうでしょう。
予て、お導きしたいと思っている方(お導き対象の方)が、近くに住んでいらっしゃるとします。
その方が病気になった。そういう話しを聞きます。
さあ皆様方どうなさいますでしょうか。自分に何ができますでしょうか。
その人のどんな喜びを運ぶことができますでしょうか。
1つや2つではダメです。
10、20、30くらい。今たちどころにあれも出来るこれも出来ると言えますでしょうか。
そこまで私たちは相手のことを思い。
何とかしてお助けしたいと願い。そこから勉強してみようという姿勢もないかなと思います。
どうぞそんな風にお考えなって頂きたい。

⑹ 相手に喜びを運ぶ行為がお導き
従いまして、何度も言いますが。相手に喜びを運ぶ。その行為がお導きなのですよと思います。どうぞこのお言葉をしっかりご理解いただきたいと思います。
皆様方霊顕祭まであと4ヵ月を僅かとなりました。1人でも多くの方に、この聖地を踏みしめて頂きたい。
そして、ご本尊さまと出合って頂きたいと思います。
そのためにもね。どうぞ。お声掛けをしたい。新しい方にこういう体験をして頂きたいのだけど、お詣りしませんか。そん風にお声をかけてくださいませ。
そしてねえ。お声掛けをしたんだったらそれが一遍で終わるのはダメだそうです。何度も何度もくり返し案内を差し上げながら、折を見て喜びを運んであげる。
そういうことがお導きに繋がって行くのかなと私は思ってているわけでございます。
どうぞよろしくご理解頂きたいと思っている次第でございます。
今日のお言葉「お導きは自分の修養」をお聞き頂きました。
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