人気ブログランキング | 話題のタグを見る

救われたのは一時的治癒です。病気が完治するためには

救われたのは一時的治癒です。完治するためには

9 救われたのは病気の因縁の一時的な治癒です。完治するためにはしっかり因縁解きを

昭和35年8月17日の感謝祭でのお宗祖様のお諭しから抜粋した因縁解きのお宗祖様のお諭しです。

茨木で言ったのですけれど、全部が全部どんな事情を持っていてもみんな救われるのだったら、つかえてつかえて、この世の中人間が増えてどうにもなりません。
誰も寿命の限りで終わっていきます。次々と生まれて元いたところに帰えることになっているのです。ですから全部が生きて行くということはむりでしょ。
私、拝んでいて痛切に感じますことは、命がなけりゃ救われない人が救われたり、もう奇跡ですね。膵臓ガンでもうダメやという人を茨木でずっと拝んでました。
今電話がかかってきて「膵臓ガンの人が続けてお薬飲んでいいでしょうか」とお尋ねになった。頼ってくるものをほっておけないのです。
ダメなはずなのです。私も心の中であきらめているのです。
けれども祈らなかったら心残りです。「弁天さま何とか救って上げてください。きっとこの人にかかる因縁は、後で信仰して頂くことにして救うて欲しい」とお祈りをします。
聞き届けてくださったのか非常によい方に向かいました。寝間で座れるようになりました。
昨日の紀州のKさんという方です。粉河の支部に入って、大分信仰したおられた。その方が膀胱ガンです。なんか手術をせにゃならん。
私には、お医者さんの指示通り手術させなければ悪い。
神様は手術したら死ぬと言われる。手術したら死ぬ。手術しなくても弁天さまのお陰をもらわなかったら死ぬことになる。
私は、本当にもだえ苦しみます。どうしょうかしら。けれども切ることは、私はさせとうない。
切るなと言われへん、切ったら死ぬと言われたことがものすごく私の心に覆い被さってきます。それですから待ってください。「5日待ってください。1週間待ってください」と手術日を延ばして行きます。
そうして、過日おいでると「待ってよかった。待ってよろしゅうございました。お陰で食欲も進んでくるし、熱も下がるし。お陰でよくなってきました。やっぱりガンなんでしょうか」と質問されます。それはお医者さんがいわれたことですから違いないのでしょ。
しかし、弁天さまからダメよと言われたので切らないでみたら、10人が10人よくなったらいいのでしょうから、その病気のことは余り詳しく言わんときましょう。「立派なお医者さんに見て頂いて、それは違うとは言えません。無事に助けられたらそれでいいんでしょから」といって帰ってもらいました。
そんなので、まことに毎日不思議な人を拝んできます。ところが、お祈りをして上げて、そしてその人に出合うと不思議に「ご宗祖さん良くしてもらった」と言われます。
そうするとお祈りというものは結構なものだな。そして皆さんには言うに言われない大きな災難でこの人が苦しんでいるとしたら、まずお祈りでこれを払いのけて頂いているということなる。

ここで皆さんにお願いしたいのは、それで救われたのではありませんよ。
一応、弁天さまは、皆さんを本当に救うてくださる。皆さんの代理になってくださるのですけれど、その後、勝手な信仰をしていたら、大きな災難がまたやってましります。
また病気の後戻りをします。そのように油断できないのが、この病気になる因縁なんです。
弁天さまは決して罰を当てたり、折角救った病気を後戻りさせないのですよ。
皆さん各人が持っているその因縁と運命がそうゆう風にさせるのです。病人が幾ら拝んでも、良くないときには、弁天さんの手だてはありません。