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故梅木先生回想録88

故梅木先生回想録88

御所教会の機関紙幸真昭和20年10月1日号から頂きました。

回想録87からの続きです。

回想録80に戻ります。

先祖が下のものを苦しめた因縁、これが子孫の因縁となって、私も下の人達の道具となり、上と争い、上を苦しめる因縁を積むようになっていたのだ。
だから、幾ら人のために尽くしても働いても因縁の報いを受けていたのだから、因縁を積み重ねてきただけだった。




これでは救われることは少しもないのだ。
あまりにもむごたらしい因縁果だ。
これを愍れにと思ってくださった弁天さまはこの泥沼から助けようとしてくださっている。
溢れる慈悲を持って「助けてやりたい」と尊女は2週間の大祈願をしてくださるのだ。
人の心に裏切られ、傷つけられてきた私は、このお情けが身にしみて有り難かった。
赤の他人の私のため、尊女は2週間大祈願をしてくださるのだ。
これほどのご苦労をかけて祈って頂いているのに、結果を待とうとジッとしていていいのだろうか。
それでいいはずはない。そんな無責任なことで、人間と言えるだろうか。
これは誰のためでもない。
私自身のことなのだ。誰よりも私自身が身を粉にして、大弁才天女尊に祈り願わねばならないのだ。
それでなければ尊女様に申し訳がない。
次々を襲いかかる因縁の深さに、沈みきっていた私は、「そうだ、尊女様に祈って頂いていては勿体ない。
私自身のためにしっかり祈ろう」私はようやく立ち上がった。
翌日から3週間の願をかけて、十輪寺の弁天さまに日参した。
100回のお百度は30分はかかった。
その頃はバスもタクシーもなかった。
五條駅を下りて十輪寺まで30分かかった。
お墓の前で祈り、お百度を踏んだ。1週間は過ぎた。
2週間目に入る頃から、足や腰が痛み出してきた。
まだまだ12・3日も通い詰めなければならないのに、困ったことになったと思った。
とうとう洋傘を杖にして通った。
その頃お百度で2人の婦人に出合った。
by nohara4241 | 2008-11-01 21:35 | 講師の回想