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お言葉57 宗務総長(感謝祭)

19年6月15日(金)大和本部感謝祭お言葉57の総長法話

(編集項目:ブログ者記)
1 前言
2 お言葉57「救われたいとのひたすらな心、その心だけがあなたを救うのです」
1) 信仰とは
2) 願うための前提、覚悟
3) ひたすらという漢字
4) 一つ神、一つ心、一筋
5) 覚悟がありますか
6) 価値で人は動く
7) 覚悟、腹をくくる
8) 成就の絵を描く





1 前言

皆さんこんにちは、ようこそ如意寺感謝祭にご参集下さいました。えーいよいよ梅雨入りでございます。昨日一昨日あたりでしたか関西も梅雨入りしたという風なことでございます。それでも平年より5日、6日ほど遅いのだそうでございますが。
今年の梅雨もどうぞ1つ、なんといいますか、平穏無事であるように。洪水が襲い、また多数の尊い人命を失われるというようなことの無いようにお祈りをいたしたいと思ったようなことでございます。
先ほどはですね。国民新党の参議院から立候補されます津島きょういち先生がお見えをいただきました。この冥應寺の感謝祭にもお詣りをいただきましてですね。ご挨拶をいただいたわけでございます。
先ほどもお話を伺っておりまして、青森のご出身で太宰治さんの甥に当たられる方です。太宰治の本名は津島修治ですから間違いなかろうと思います。青森という地図を思い出していただきたいのですが、大きな半島が2つあります。東に下北半島、西に津軽半島があります。県民性も2つに別れているのだそうです。今度の知事は下北の出身だとか、今度の知事は津軽から出ているとか、ハッキリ2つに別れるのだといっていました。ああなるほどそういうものかな。我々は青森県とひとくくりにするんですけれど、青森では2つに別れて競い合うのだそうです。
我々もね。この五條ですと例えば、川北と川南で競い合い様なところがあるわけでございます。今度の市長さんは大川橋を渡った。こんないい方をするのです。
どうでしょう。奈良県と和歌山県の2つを紀和地区とひとくくりにしますが、つかぬ事を聞きますが、奈良県在住の方。和歌山県の方。和歌山県が多いのかな

2 お言葉:救われたいとのひたすらな心、その心だけがあなたを救うのです。
1) 信仰とは

今日も教えの勉強を競い合って頂きたいと思いますのでよろしくお願いしますが。
今月の宗祖様から頂戴いたしましたお言葉。『救われたいとのひたすらな心、その心だけがあなたを救うのです』こういうお言葉をいただきました。さて、我々は信仰するわけでありますけれども、その信仰というのは、まあ趣味とか道楽とかこういうのではないのですけども。まず願いがあってこの願いを叶えて欲しいなということから信仰が始まって行くと思うのですよね。例えば、病気の人でしたらその病気が早く治って、健康になりたいという願いは当然あると思うんです。商売がうまく行かないという方は、商売が繁盛するように。また家庭不和で悩む人は、早く家庭円満になりたいなと願うでしょう。お陰で今幸せだという方は、今その幸せが更に一層大きくふくれあがりますように、この幸せが子や孫まで続いて行きますように。やぱりそれぞれ願いがあって、その願いがかなうことを私達は成就という言葉で表します。

2) 願うための前提、覚悟

しかし、この願いが、ただ願うだけで、成就に向かうのかというとそれはそんな簡単なことではないと思うのであります。そこでその大前提、原点になるのは何なのかいうことでございますよね。
で、ある女性の方がご主人の病気のことで宗祖様と出合われまして、ご主人の病気を助けてくださいとお願いしたのでそうでございます。
そうしましたら宗祖様は逆に貴方助けて頂くような祈りができますかとその奥様にお聞きになられました。
つまり救われたいとのひたすらな心と言うその覚悟があなたにあるのですかということを問いたてていらっしゃろうかと思うのです。趣味や道楽なら別でありますけれど、その願いが切にという場合は、本当に救われたいとの、ひたすらな心があるのかどうかをまずもって問いたてる必要があるのではないかなと思うのです。それがあって初めて、助かるとこう宗祖様が仰っていらっしゃるわけでございます。で、じゃそのひたすらな心とはどういう心のことなのかなと思うわけでございます。

3) ひたすらという漢字

因みに、ひたすらという漢字はどう書くか皆様ご存じでございましょうか。ちょっと難しいんでございますけれど、口の下にカタカナのはを書きます只という字、管長猊下の管という字を書き、この2字でひたすらと読ませます。従いましてちょっと仏教の方に造詣の深い方はああと仰るかも知れませんね。道元禅師の言葉に「只管打座」という言葉があります。このしかんという言葉に只管を当てるのです。只ひたすら座禅をすることです。
さあそのひたすらな心、弁天宗ではどの様に考えたらよろしいのでございましょうか。まあ色々角度からこのひたすらな心をお話しされているかも分かりませんが、私は、こんな風に思っているのです。

4) 一つ神、一つ心、一筋

それは、「一つ神、一つ心、一筋に」これがひたすらの信仰ではなかろうか。ひたすらということを具体的にどんな信仰姿勢でと問われましたならば、私はそんな風に理解をいたしておるのでございます。
神も1つ、心も1つ、道も1つであります。只、この場合の1つというのはただ端に数字の1ではございません。2があって、3があってその中の1という意味ではありません。この場合の1というのはこれしかないという意味です。外にありませんよ。これだけですよ。我々が、戦う道はこれなんですよという意味をこの数字の1、1つという言葉は表しているんでは無かろうかなと思うんですよね。
で、「しっかり足運び、これが因縁を解く第一歩です。(38)」とありますがこの一歩もよく似ていると思うのです。あの一歩もですね。
二歩三歩四歩とあがっていったら第一歩を忘れていいのかではなくいつも繰り返しているという一です*。これを忘れてはいけない。いかなる時でも一です。
ですから一つ神、1つ心、一筋というのは、その唯一の道を歩いてて行きますということの、お誓いでもあるのかなと思うのですよね。
ですから大事なことはどなたに救って頂くのかということですね。一つ神なのですから。その一つ神というのはどなたなのでしょうか。これは私達は大弁財天女尊さまとこう申し上げています。このお方こそお宗祖様と通してお働きになられて、宗祖様に啓示を与えられた。今も働いてくださり、我々の子や孫末代までも、我々を救わんとして、お働き下さる弁天様というお方なのでございましてね。それはどの様なお方かといいますとこれもお運びでね、じっくりお話を聞いてくださるために2講に渡っています。
それがですね。いかなる願いをかくるとも成就すること疑いなし。先ほど申しました商売繁盛願う人も、病気平癒を願う人も、家庭不和で悩む人も、豊作を祈願する人もみんな来てください。根こそぎお救いしますよと言う有り難い神様ですから、この神さえしっかり信仰していたら絶対間違いない。その間違いのない大弁才天女尊様を私は信仰しますという。これ一つ神と言うことでございますよね。1つ心、これもお運びでお聞き頂かなくてはなりませんが*(信者訓戒の法話は無くなったよ)これをお話しいたしますとね。どんな心ですかと言われますと1年間かかるのでございます。しかし、水の心を心とするという言葉もありますように、我々はその心を目指して行かなくてはならないと思います*。どんなことかと言いますとご本尊さまの今申しましたあまねく一切を救いたいとするそのご誓願を自己の誓願となさった方がこれ宗祖様でした。

5) 覚悟がありますか

今度は、我々信者は宗祖様のみ跡をたどって、宗祖様がなさったことを我々も真似をさせてもらうのです。宗祖様のお手伝いをさせてもらうのです。これが信者であるとお考え頂きたい。ご本尊さまのご誓願を自己の誓願となさった宗祖様は人助けの道を歩まれました。従って我々は、只願いを成就することだけを目的とするのではなくて、人助けの道も歩ませて頂こうということも大事だと思います。と言うことで今、宗団は色んなことを提供していいますが。その活動に積極的に参加することも私大事なことであるかと思うのです。
理屈を言うのではなくて、まずさせてもらおう。そんなことが大事なことだろうかと思いますのでね。それがまた1つの心であろうかと思います。で一筋にとはは迷わないと言うことですね。で、ようするに今申しました。一つ神一つ心一筋に、これ何をいってるのかと申しますと、先ほど申しましたように、覚悟がありますかと言うことを自分に問いかけていると思ってください。あまたの宗教の中から、我々は縁があってこの弁天様と縁が結ばれました。ならば、この神様しかない、この教えに従って歩む、その道を一筋に行くんだという覚悟が、あるかということですね。その跡を歩んで行く人を、ご本尊さまはお助けになるとそう私は思っているのでございますね。
で、覚悟せよとか、生か死かとかそんなことを問いたてているのではなくてですね。例えば、今日、まあ、こちらにお座りであるということは、今日のこの午前10時からの感謝祭の時間をその時間帯として認識して座っていらっしゃると思うのですね。今日にもこの感謝祭が開催されていなかったとするならば、皆様方は別のことをしていらっしゃったのです。しかし、感謝祭が今日はある。それを皆様方は、この感謝祭に参加しお話を聞くと言うことに少なくとも最大の価値を見出されているということです*。人間はつまり自分にとってどれだけ、そのことに価値があるかということによって自分の行動を決めるようでございます。
だから、キットご本尊さま宗祖様は皆様方がお詣りになったことを喜んで受け取ってくださるんだろうなと思いますね。

6) 価値で人は動く
休日ともなりますと行楽客で高速道路は大渋滞をいたします。それほどみんな行くところがるのでしょう。その休日というその日に本山に行くことに一番の価値を見出していらっしゃると思うからこちらにいらっしゃると思うのですよね。
同じ休日でありましたもお運びに来られる信者さんが沢山います。そのお運びにその時最高の価値を見出されているから来られるのです。こう申しましても、多分悩まれるかたがおるのではないでしょうか。今日の皆様方悩まずに来られましたか。今日は農繁期でチョッと忙しいし、しかし感謝祭やしと心あっちこっち動いて、やぱり感謝祭だというふうに来られたのではないでしょうか。
スーと決められたらそれでいいのかもわかりませんが、現実、どうしょうかな、あっちかなこっちかなと揺れ動く心があって、また選択されたと思うのですけれど、そう意味ので覚悟をいいたいのでございます。
つまり、世間の人がどんなふうに見ようとも、そんなこと関係ない。世間がどう動こうと関係ない、回りがどんなにあっても関係ない。とにかく私は、かいくぐって、覚悟を決めて、この道を歩みます。このお方を信仰しますというということを私は申し上げたいのでございますよね。
どうぞそんな意味で覚悟を決めて欲しいな。かいくぐってほしな。と言うことをお願いしたいですね。

7) 覚悟、腹をくくる

私は、管長猊下と総裁さんのお供をしまして富山に教会に参るのです。
御親教に行かせて頂くのですけれど、その富山の教会が来年50周年を迎えます。その初代の教会長をなさていらっしゃったお方に、塩谷助大郎(?)という方がおられましてね。このお方は富山の地で材木商をなさている方で、たしか昭和27年でしたか宗祖様と出会われているのでございます。富山県には富山市があります。当然港もあります。石川県との県境に伏木という町がありましてね。そこに大きな伏木富山港があり、裏日本を代表する港で大きな港が富山県には2つあります。
その中で宗祖様に出合われまして、今教会の建っていますところの前に宗祖様が立たれて、「ここに立派な港ができますよ」と塩谷さんに仰った。塩谷さんはお宗祖様の仰ることなら、すべてハイ分かりましたというお方でした。このお言葉をご神示と捉えられまして、お宗祖様の仰った田圃を買い求められ工場を設立なさったのだそうです。地元の人はあの塩谷は馬鹿じゃないか、あんな何もない道路もない田圃を買って、材木の工場を建てるというどうかしているのではないかと笑ったのだそうです。しかし、何年かたちそこに港ができました。今後は裏日本一の港、富山新港ができました。当時ウラジオストックから材木が次から次へとその港に運ばれて参ります。工場の前が港ですから場所的にこれほどのところはないのです。この様にいたしまして、塩谷さんというお方はその宗祖様の言葉をそのまま、実践なさって行かれました*。つまり、この方について行く、そのか覚悟と腹をくくっていることがあったのでしょうね。そして、繁栄をなさって行かれまして、富山教会の初代教会長になって行かれるのです。富山教会ができましたのは、昭和33年のことでございました。この様なことから北陸の地にも信者が沢山できて参りましてね。「北陸を救った人が2人いる。昔親鸞、今宗祖様」こんな言葉も信者の間で地元でいわれるようになって行くのだそうです。これはお宗祖様のあらたかなお働きがあったからでしょう。
100にの方がいらっしゃって99人の方が右だといっても、後1人の宗祖様がそちらではありませんこちらですよといったとき、迷わず従われますか。これは世間の常識とはちょっと違う道であることもあるかも知れません。それでもお宗祖様の方を選べれる方が助かって行くのです。どうでございましょう。その腹をくくる信仰があるかどうかもう一度確認をして欲しいなあと思うのですね。

8) 成就の絵を描く

それと同時にもう一つ申し上げておこうと思うのですが。いまこの救われたいとのひたすらな心の原点を申しましたら、今度はね。成就ということ。その成就したときのことしっかり腹で描ききって下さい。病気の人でしたらその病気が治ったらあれもできるこれもできる。こんないいこともあるのだけれどなと言うそのことを心の中で描ききることが大事だなと思いました。と言いますのもジャイアンツの松井秀喜選手はですね。ジャイアンツにいる時代から自分はヤンキースタジアムに立っていることを描いていたといわれています。9回の裏2アウト満塁で、自分が打席に立ち満塁ホームランを打つという、そんなことを心で描ききっていた。そしてその夢は実現したのです。どうぞ皆様方、只願いを持って、その願いが叶えられるようにということなんですけれど、どうぞ一つ、そのひたすらな心と同時に、そうなったらいいなということを心の中で描ききってください。これが、その行を乗り越えて行く、つまり行に繋がる大きな大きな困難を乗り越える私はコツだと思っているのでございます。描ききることです。皆様方色んな願いがあるでしょう。その願いを強くできるだけ具体的に、描ききってくださいますように。キットその歩みの中で、ご本尊さまは根こそぎ救うぞというくらいの素晴らしいお陰を見せてくださるに違いないと私は思いました。どうぞ皆様方救われてください。これで終わります。有り難うございました。宗務総長大森光祥