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19年宗祖伝19講法話

19年1月6日(土)宗祖伝19講 KT講師の法話
(編集項目:ブログ者)
1 連絡事項
1) ドント
2) 御祈祷札の祈願事項のゴム印表示
3) 1年間の御祈祷の申込とお札の処置について
4) 喘息のおまじない
2 前回の復習
3 研修科
1) 根本的救いは教理
2) 繰り返し同じ悩みで御神示を受けるお婆ちゃん
3) 教えの確立
4) 2名の弟子の養成
5) 研修道場の開設
6) 心行一体とお宗祖様と過ごせる有り難い体験の場
4 お運び
1) お運びの開設
2) お運びの意義
3) 辯天さんのお力と自分の行
4) 心を低くするために奉仕をするのです。心作りの行です。
5) 終席式でのお叱り




1 連絡事項
1) ドント

1月14日午後5時30分から行います。ドントで燃やす古札の受付は12月8日から行っていますが、1年間の祈祷札等をお祓いしてお焚き上げいたします、当日1月14日の午後5時30分まで受け付けます。
宗としての見解は、コップ、湯飲み、花立て等五具足関係の仏具、お給仕用品は家庭ゴミとして各家庭で始末してもらうようにお願いしています。これらの道具には魂は入っていませんので、用具としての扱いをしますが、これらの用具に感謝して、提出するようにしてください。

2) 御祈祷札の祈願事項のゴム印表示

御祈祷札の裏には如意寺のみ筆で祈願事項を書いていましたが、大阪冥應寺や東京別院と同じくゴム印で押印にすることに統一しました。
特殊なご祈願で、定型のゴム印がない場合は、従来通り筆書きになります。

3) 1年間の御祈祷の申込とお札の処置について

方除け、厄除け、相性除けの3つです。元もと信者さんの間で話されています「年預け」の御祈祷は、「相性除け」で御祈祷してください。但し、お宗祖様の御神示や管長様のお受け取り祈願で「年預けをしておくように」指示されている方は、「年預け」でご祈願してください。
年預けとは、最初、2人の内の片方の年を預けて災難を避けるというお宗祖様のご指導でした。内容的にはお二人の話ですから「相性除け」と変わらないのですね。
方除けは、ただの方除けであれば、お札は丑寅の方向にお祀りして頂きたいと思います。方除け等はお守りなのです。従って去年の申し込んだ祈願札は、今回のドンドには出さないようにしてください。お守り札ですから2月の3日まで置いておき、新しいお札ができ受け取ったときに張り替えるか入れ替えてください。この時出た古い札は、ドントは終わっていますので年末まで保管し1年遅れの古札として出してください。
厄除けは、男性は数え年25才、42才、61才です。42才は本厄といいまして、この時に限り前厄が前年の41才、後厄が後年の43才があります。従って本厄の時は3年続けて厄除けをされてもよろしいのです。女性は数え年19才、33才、37才、61才です。61才は還暦の年なのですね。満60才で、自分の生まれた干支の年に帰った年ですね。60才になりましたら赤いチャンチャンコを着ますが、これは本来、お正月の時に着るのですね。ですからチャンチャンコなのですね。8月生まれでも還暦祝いはお正月なのです。

4)喘息のおまじない 

干し柿とホオズキを薬室の方で販売しています。100円です。数に限りがありますので早めにお求めください。作り方は中に説明書があります。土瓶またはホウロウの鍋に3合の水を入れてください。そこへ干し柿3個、ホオズキ3個入れます。333と覚えてください。だいたい30分に詰めますと3合の水が半分の1合5勺くらいになります。それを飲むのですが、2月3日節分の真夜中12時ちょっと前から飲むのです。午後11時59分から飲み始めてもらい、飲みながら日を超えて4日に飲み終わりにしてください。量は1合5勺ですが、1回分ですが人前ではありません。ご家族の方5人おれば5人で割って全員で飲んでもよろしいのですよ。1人で全部飲んでも構いません。私も飲みました。30年以上前ですがね。夜中に起こされて飲まされました。まぁしぶいのなんのって、口の中に膜が張ったようになりました。お宗祖様の残されたおまじないですから、効きますので喘息の方はのんでください。

2 前回の復習

昭和26年12月28日に、御神示により、お宗祖様は立宗と決意されました。
昭和27年1月10日に、辯天講理事会で立宗を宣言されました。
昭和27年5月13日に、宗教法人真言辯天宗が認可されました。
昭和29年10月5日から5日間で、大和本部(如意寺)落慶法要が行われました。

3 研修科
1) 根本的救いは教理

落慶法要が終わりましてから、お宗祖様は辯天シュウの宗祖として、衆生を救う教えを定め、弟子達によってこの教えを広くひろめる宗教活動を行うため、自分1人の御神示では1日120人から130人が限界があります。しかし助けて欲しい人は沢山いますので、自分の弟子を作って、根本的な救いを目指すわけですね。

2) 繰り返し同じ悩みで御神示を受けるお婆ちゃん

あるお婆ちゃんの悩みを解決すべく御神示で救いました。そのお婆ちゃんは救われるのですが暫くするとまた同じ悩みで御神示を受けに来たのです。お宗祖様の指示で再度救われました。同じ悩みで3回目の御神示を受けに来られたのです。勿論お宗祖様は御神示をされましたが、このお婆ちゃん何度も同じ悩みが起きて御神示に頼る信仰姿勢を、お宗祖様は非常に悲しまれたのです。これではいけないとので、辯天シュウの有り難い教理を広めて行こうと考えられました。

3) 教えの確立

昭和29年11月7日に、悟りの人智を得たお宗祖様は、教理の根本原理、「まことの法」を定めました。そして「五行のお諭し」、「水のお諭し」の教えを確立しました。それから昭和29年11月29日から、真会での教えの布教に努められました。布教師教習所を開設し、心行一体の指導によって、教えの布教をする弟子を養成することを決定しました。心行一体とは教えと行動が表裏一体の関係にあり同じでなければならないのですね。

4) 2名の弟子の養成

昭和29年11月1日から昭和30年1月15日まで、特別講習として、お宗祖様、管長様が梅木哲哉氏と谷口勝亮氏に直接教理を授けられました。このお二人に、お宗祖様は戒を授けられました。十善戒ですね、お運びの終席式で受戒されますね。そしてお二人を得度させ、梅木祥文と谷口祥法(?)と改名しました。お二人は師範として修行生の指導に当たられるようになりました。お宗祖様の手足となって働かれた方です。我々の大先輩ですね。
今までの信仰は御神示信仰でした。例えが悪いですがご飯にたかる蝿を追い払うようなものでした。追い払うと逃げますがまた暫くするとやってきます。別な言い方ではお宗祖様はよく見てくれるお医者さんですね。困ったときにお宗祖様のところに駆けつけ、良く効く御神示という注射を打ってもらい、薬をもらって元気になるのですね。この様な感じだったのですね。ですからこれではいけないと思われ、根本からの救いを広めねばならないということで、研修科を開設されました。当時、お宗祖様は、私の時間だけ1日が36時間48時間あればいいといわれています。これはもっと人を助けたい、救いたいというお宗祖様の願いなのですね。お宗祖様には何かするときは必ず信者のために、または信者を救いたいという思いが根底にありますね。

5) 研修道場の開設

1期生は辯天講の信者さんで20数名でした。昭和30年3月10日開校です。研修科は、最初は研修道場といいました。それから修養科→験修科(20期まで)→研修科(31期)→(休止)→研修学院(51期)となっています。道場長は大森慈祥総長でした現管長さん、主幹梅木祥文さん、教授第1世管長さん、梅木祥文さん、谷口祥法さんでした。51期で約650名の方が受講されています。
昭和30年の3月10日に開設された研修道場は、十輪寺内の信者集会所に布教師講習所の看板が掲げられました。全員が入寮制で100日間の修行に望みます。窮屈でしょうがお宗祖様のお側で修行できるのですから大変有り難い話ですよね。しかし、書物を読んでいましたら、梅木先生も行をされたそうですね。

6) 心行一体とお宗祖様を過ごせる有り難い体験の場

6・7・8月の暑い時期の研修科の話です。夕食の時になると1人、2人と食事を抜ける方が出ました。理由は当時お供えのご飯を炊いたご飯に混ぜて夕食に出し、入寮の研修生が食べていたのですがどうしてもお供えしているご飯が傷み匂いがするのですね。その傷んだ匂いの晩ご飯が出されるので、1人、2人と食事に来ない方が出てきたのです。人間ですから100日間には色んなことが出てきます。食堂のおばちゃんが、お宗祖様に私が一生懸命作ったご飯を食べない信者さんがいると申し上げたのです。お宗祖様はみんなを集めて注意をしました。実は梅木先生はご飯を食べていましたが、そこで梅木先生を名指しで注意しました。梅木先生は食べているのに何で怒られるのかと腹が立ち、お宗祖様に、ご飯を食べてます。食べてない方は外にいますと弁解しました。お宗祖様はにっこり笑われて、分かっていますよとおっしゃり、でもあなたは、心の中でいやいや食べているでしょう。
しかも抜けて行く研修生はああ悪いな、こんなことしたら悪いな、しかし私はよう食べられないからといった済まないなという気持ちを持っています。
あんたはいやいやたべてるけれども、悪いと思ってないやろ。だからご飯を食べてない人よりあんたが一番悪いとお宗祖様に叱られ、梅木先生は畳に額をこすりつけ申し訳ありませんでしたと謝られたそうです。これはワシの遺言や何か機会があれば話してくれと梅木先生に言われたお運びの講師から聞いて皆さんにお話ししています。
この話は、信者訓戒の「心の中に悪因を作らないように」というお言葉の法話に私は使わしてもらっています。お宗祖様の側にいれば、お宗祖様から直接ご指導いただけたり、お宗祖様の行動、お考えを見聞できるすばらしい出会いがあるのですね。3食ともご飯にみそ汁だけという粗末な食事で、朝早くから起きて、夜遅くまで信者のために身を粉にして尽くされるお宗祖様を見て研修生は育っているのですね。1日中お側で寝起きすればこそ分かることなのですよね。

4 お運び
1) お運びの開設

悲しいことですがね。研修科とは心の曲がった者が行くところと言う誤解が生まれ、お宗祖様はこれはいけないと思われ、一般の方にも教えを広めようと考えられ、教学普及を徹底するために昭和31年から一般信者を対象とした研修別科という名称でお運びが始まりました。
大和本部(如意寺)では昭和31年1月12日から、大阪本部は昭和32年10月26日に落慶しました桔梗殿で始めています。東京本部では昭和38年7月から始まりました。これは地方お運びの一環として始まったのです。

2) お運びの意義

お運び意義ですが、信者訓戒のお言葉にあります「しっかり足運び、これが因縁を解く第一歩です」の通りです。しっかり足運びをしてお話を聞いていただきたいのです。「しっかり」の中には足を運ぶということと、弁天宗では身と心と言葉が3つが整えるときに「しっかり」という言葉を使いますね。全身全霊で足を運びなさいとおっしゃっているのですね。誰にも因縁があります。本人の心が悟らないと因縁は解けませんとお宗祖様もおっしゃっていますね。
私もお運びを受けさせてもらいました。よく話しますので聞いておられる方もおられると思いますが、私の最初のころはひどかったのです。一番後ろで足を投げ出して腕組みをし、1時間目が終わると前の食堂にうどんを食べに行ってました。不良信者ですね。その頃お運びカードに丸を書いて「ち」と書いてあるのです。これは何ですかと聞くと遅刻の「ち」と教えていただきました。丸を書いて「ち」が3つになるとお運び1日分が取り消されるのです。だんだんお運びを受ける内にお話を聞くのが好きになりました。それがご本尊様のお力だと思います。中席になりますと左から2列目の前から2番目の席が私の指定席でした。理由は字がよく見えることと、先生の声が良く聞こえるからです。よく遅刻し、腕を組み足を投げでしていた人間が、今では教壇に立っているのですね。これが辯天さんのお力だと私は思っています。

3) 辯天さんのお力と自分の行

横を向いているうちはダメですが、一旦ご本尊様に顔を向けましとこっちに来いこっちに来いとどんどんひっぱてくださいますね。ほんとうに有り難い神様です。そんな態度であれば知らんとほったらかしにされないのですね。どんな小さな細いご縁の紐でもご本尊様は握ってくださっているのですね。握ったその小さな細い紐を切れない立派なロープに育てるのは我々の責任なんですね。
お運びの意義は、霊地への足を運びを続けることですね。お運びは、学校ではないのです。サークルでもありません。善意協会でもない。この講義を終わると試験をするところではありませんね。
何故かというと自分が行をするところなのですね。自分が行をして因縁を一つずつ消滅させて行くのがお運びの場なのですね。自分で悟って週に1回でも霊地に来て、お詣りをする。奉仕をされるとよいのですね。お運びを受講すると月に2回は必ず足を運びます。お宗祖様は色んな信仰の宝物を残されましたが、一番大事な信仰の宝物ですね。袈裟の色が変わったからとかではないのです。自分自身の心を変えて行かなければならないのです。自分中心の自己虫の心から他に尽くす心、低い心になるためなのですね。

4) 心を低くするために奉仕をするのです。心作りの行です。

ビデオのまことの心でOさんが弁天さんに幾らお礼をしょうかなと考えながらお宗祖様の前に行くとお宗祖様が、おかげがお金で買えますかと叱られ、早く御奉仕のできるようになりなさいといわれた話が出てきますね。御奉仕するときの心は低い心になりますね。お陰をもらいたい、奉仕姿を見られたい、してやるといった高い心でされる方もあるでしょうが、高い心では馬鹿らしくなり長続きがしません。させていただく心でないと続かないのですね。ですからOさんにお宗祖様は早く御奉仕できる身分になりなさいとおっしゃった。これはお金を使えるお金があるといった経済的意味ではなく、低い心のさせていただく心、喜んで奉仕する心に早くなりなさいということであろうと私は思います。
最期のお宗祖様の残された言葉を紹介してお終りにさせていただきます。霊地霊場に身を置いてその身を清める。私がここに道場を開いたのは因縁解きの行場を作ったのです。行場での修行の方法として、研修科やお運びの制度を作られたのですね。色々な信仰の宝物を残されましたが、1番は霊地の足を運び、自分の因縁を自分で解きなさいと言っておられるのですね。

5) 終席式でのお叱り

お宗祖様の前で終席式が行われ代表の方が有り難うございましたこれからは弁天宗のためにしっかり働かせていただきますといったところ、お宗祖様は、何をいっているの、弁天宗のために働くのではないのですよ。あなたは自分の因縁を解くためにこれからも行をするのですよとお叱りになったという話があります。これもお宗祖様のすべて信者のため、信者を救うためという根本信念からでたお叱りでしょうね。

by nohara4241 | 2008-01-05 16:15 | 法話宗祖伝