節分祭の始まり

2008年2月3日の節分祭での、管長様のお話

管長さんのお話の中で、弁天さんでは護摩を焚く星祭りだけで、節分祭はやっていなかったそうです。

弁天宗では、お宗祖さまの始められた九星占星術で各信者のその年の運勢の吉凶表が配布されます。
信者はその表を見て、普通、その年の運勢の良い人は200円、悪い人は500円の星祭り祈願を申し込み、ご祈祷後にその星祭り札をいただいて家でお祀りします。
その外に歳預け、厄除けのご祈祷札もあります。
お運びで、相性の悪い夫婦は歳預けをするという様に教えられました。

お宗祖様は、私が信者様のために幾らでもご祈願成就を祈る祭(護摩焚きの星祭祈願)はやっているが、信者の皆さんに月に1度は霊地如意寺に来てもらい信者さんと一緒になってご本尊さまのご加護を頂く報恩感謝のお勤めをしたいというご希望から弁天宗では節分祭が始まったのですと紹介されました。

今はご本尊さま様に1100から節分祭祭典でご本尊さまを礼拝し、奉納演芸が1200から行われ、その後豆まき(景品付き豆がある)、1430から星祭り護摩祈願が行われています。

この他にもお運びで、お宗祖様は月に1度はご本尊さまに報恩感謝のお祈りをして頂きたいと感謝祭を毎月1回始められ、更に全国の信者が霊地に集うようにと考えられ各月の行事を開催されたと聞いています。
お宗祖様は行事に参加すると弁天様がお喜びになり参加した信者の皆様は弁天様からお徳をご加護を頂かれますとよく話されています。
最初農家の方が多かったので農繁期の6月は、農作業に信者さんが集中できるように行事を計画されなかったとも聞いています。

節分祭・星祭祈願に関してその始まりはについて書きましたが、日本の節分祭の経緯が分かりました。
しかし、弁天宗ではどういう経緯で節分祭が始まったかが大事だと思います。
管長様が言われたのですからこちらが弁天宗の節分祭の本当の始まりでしょうね。

当たり矢・節分の豆 等へリンクしています。
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