お運び水の章の法話から抜粋しました。

五行のお諭しの中でのもっと大事なお諭しは不平不満を思わずと言うことであるというお話しでした。

先祖の閼伽又は閼伽水(あかみず){(梵)arghaの音写。価値の意。功徳水(くどくすい)と訳す}を頂いて現在の自分があると言われています。(そうだそうです。)

お宗祖様は、人間は(悪)因縁があるからこの世に産まれてきた。
そして悪因縁をほどくために産まれてきたのです。
悪因縁を一生かけて消すのです。

弁天宗の信仰は、命の源に帰って悪因縁を消すのです。
自分の身の回りに起きてくる嫌なこと苦しいこと嫌いなことは悪因縁により生じてきた出来事です。
それを信仰の試練、行として受けとめて文句を言わず我慢することが悪因縁を消すことになるのですと仰いました。
悪因縁を受け入れず遮断することは悪因縁を含む上からの大きな命の流れを否定することです。
自分の心に不平不満を持って祈り・縋ることは、弁天様には通じません。
従って不平不満を心の隅に持っていては弁天宗の信仰ではないのです。
懺悔→感謝→忍耐=受容が(不平不満の解消=)喜び(幸せ)への道筋です。

お宗祖様は、
人間は因縁の化石。
神を信じてお運びを受けて頂く。
お運びは神様から頂く言葉のムチです。
(お運びでの話は)お返しします。そんなこと言われても出来ませんではだめです。
(お運びでのお話しに対して)そうでございました。私の考えは間違っていました。
お話しの通りさせて頂きますでなければいけない。
お運びでの言葉のムチに反論・反対せずに全部受け入れないさい
と仰った。

(五行のお諭し)
1 真心を常に忘るべからず。
2 慈悲愍みの心を養うべし
3 善根功徳の行を積むべし
4 感謝のまことを捧ぐべし
5 不平不満を思うべからず

真心はあるけど不平不満もあるというその真心は実は存在しないのです。
慈悲憐れもの心を持ち人に優しく思いやりがあるがいつも不平不満を心の隅に持っているのは慈悲愍みの心を養ってもいないし、育ててもいないのです。
人のため世のために善行をしているけどあれは何もしないあいつはダメだと心の思うまた不平不満を口に出す方は善根をしていることにならない。
有り難うございますと相手に感謝の言葉を吐くが、有り難いことはない、目障りだ。
邪魔だと相手に社会に不満を持っていることは本当の感謝はではないのです。

不平不満を思わずの対策として、心の思うことも間違いであるが、心の思ったとしたら、口に出さないことです。
口出さないように真言100反唱える。
それでも不平不満が心にあれば更に100反、200反………と唱える。
ご真言は心を変える不思議な力を持っています。

困ったことがあれば又は月々ご祈願し、星祭りもする。
新年、春秋の護摩祈願にも参加し、お百度も踏む、お加持もするが1度でも不平不満を口に出すとすべてがパーになる。
弁天様に聞いて貰えない。
自分は祈願したお百度を踏んだつもりでも元の木阿弥で弁天様からお陰を助けて頂けない。
不平不満の心を持ってお陰は頂けないのです。
自分の不平不満の心を口に出したことを反省懺悔し、不平不満の心を無くして自分の足らないところを弁天様にたすけて頂くという心構えが必要です。
お宗祖様は人間は因縁という首輪をはめて、宿命という鎖に繋がれている。
そして腹の中には貪瞋癡の3つの毒虫を飼っている。
その3匹の毒虫は不平不満という排泄物を腹に貯めている。
その排泄物が3年5年と貯まってくると苦労、災難、失敗、悩みごとといった悪業に変わる。
米が熟して味噌や醤油に別なものに変わるようにことを異熟といいます。
相手に対する不平不満が溜まり貯まって、今度は自分の災難、苦労、悩みとなって現れるのです。
不平不満を想わずと言う閂を外すと信仰で築きあげた現世来世で幸せになるための功徳が全部パーになっていますのです。
身体は衰えますが心は成長し続けるのです。
心を成長させるためにはありのままをありのままの姿で受け入れるのです。
この姿勢がこの継続が、この世に想いを残さず満足してせぬ境地に導いてくれるのです。

水のお諭しそのままの存在は私達の身体です。
草木の葉が落葉しますが、葉の付け根の細胞にアポトーシスという遺伝子があり秋冬になるとその遺伝子は別命なく自分の意志で葉っぱへの栄養素の補給をストップし、葉っぱを散らすのです。
私達の五臓六腑は何ら不平不満を言うことなく日夜働き、誰から指示されることなく黙々とその使命を実行し、人間という生き物を維持し支えているのです。
自分の任務を忠実に実行していますがそれが水のお諭しの実行です。
等といった法話がありました
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ご宗祖さまの物語(3)土の中の50銭銀貨

都島教区便り平成21年7月号に「ご宗祖さまの物語(3)」と題して教区長優谷壽男さんの記事がありました。
ご宗祖さまの物語(2)に引き続き参考になりますので転記させてもらいました。
ご宗祖さまの物語(1)に戻ります。

カテゴリーは「講師の回想」に入れます。
優谷教区長はお運び研席の教使でした。
ご宗祖さま物語は、宗祖伝の原稿からのお話ではないかと思い、従って教区便りの記事を転記することにしました。

優谷教区長さんは教区便りの挨拶で3回目の話についてお宗祖さまが掘りあてられて、どういう風に使って助かったとか、50銭銀貨を何に使ったのかという所がポイントであります。当時はロープウエイも電車もありませでした。また楽しみにしてください。
と述べられています。
私もお運び宗祖伝3講で何度も電車賃に使ったと聞きました。
さらに土井タツ女様の前に出て行きお告げを聞かれたことも初耳です。
お宗祖さま物語を転記してよかったと本当に思っています。

リンクしていますから、50銭銀貨の出ている宗祖伝2講、3講の法話を見てご確認ください。
宗祖伝2講19年』『宗祖伝3講19年

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