お言葉9 水の章から

お言葉9「じっとしていて何が救われますか」に関するお話を18年10月22日(日)水の章14講 小竹講師講話の中から抜粋


お言葉9「じっとしていて何が救われますか」と水の章「波のない流れは汚れ取れざるなり(33)」との関係

流れとは漣などのように波が上下になっている状態です。
波のない流れは、上下が無く水面が横一線の平坦な状態です。
こうゆう横一線では汚れはとれないよといってるのです。
洗濯機の中に洗濯物を付けているだけでは汚れは落ちませんね。
動かすと汚れが取れますね。
これを言っています。
これは、辯天さんの教えで、心に波を作るということは高い心と低い心で波を作るのです。
辯天さんの教えでは低い心になれと言っていますから、高いところより低い心になり心の波を作るのです。次第に低くなりますね。
低い心になって何かをすることが辯天さん波の作り方なのです。
これにより汚れを取ってゆくのです。
波のない横一線の水面では行動することがないのですね。
ここでの行動は漣のことですが、別な言葉で言えば人のお役に立つという善根の動きがないということです。
この動きがないとそれに見合う喜びをつかむことができません。
この善根の行動がない荒っぽい言い方ですが「救われない」ということになります。
お宗祖様の信者訓戒のお言葉では、「じっとしていて何が救われますか」になりますね。

リンク
お言葉9 教区便り
お言葉9 宗務総長(感謝祭) 
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お言葉6 水の章から

日々のお言葉6「低いい心に徳が流れ込みます」に関するお話を18年10月22日(日)水の章14講 小竹講師講話の中から抜粋

○低い心に徳が流れ込みますの落とし穴

昨日のお言葉でしたか、低い心には徳が流れ込みますがありました。

私はこれを、得てして落とし穴にはまってしまうと取るのです。
徳を求めて信仰するのです。
私は間違っていると思います。
私たちが求めて行くのは徳ではありません。
低い心の生き方を求めて行くのです。
徳はその後流れ込んでくるものなのです。
徳を求めて信仰してはいけません。
あなたが私に親切にしてくれるのは、自分の徳を求めるためにやっているのとなるのです。
低い心で人に親切にする。低い心で何かをする。
それが目標です。
徳が流れ込んで参りますといわれていますからほって置けばいいのです。
ほって置くべきものをあてにしてはダメです。
徳を求めるのではなく、徳を生み出すであろう低い心の生き方、謙虚で生きてゆく、感謝で生きてゆく、人に親切にするだけで自分心が納得できる。
安心できる。
そういう信仰を私たちは身につけていないと、ややもすると徳を求めてゆくになります。
ですからそういう厳しさを私たちは信仰に中にもつことが大事かと思います。
もしかしたら活発善根のその活発の精神的なものには、低い心の生き方を求める精神が入っているかも知れません。
私たちの人生にはそういう状態を打開しようと思ったら、苦しいとき、つらいとき、悲しいとき、しんどいときにそのことを言わないでただ善根を積むという烈しい漣が必要かも知れません。
それが今抱えている状況を変えて行くのでしょう。
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お言葉22 水の章10講から

日々のお言葉(or信者訓戒)22 「ご本尊様は何時でも何処でもあなたの背中についておられます」に関するお話を18年8月26日(土) 水の章第10講 小竹祥善講師法話から転記しました。
インドにある故マザーテレサさんの施設で働いた日本人のお話の中からの抜粋です。

1 マザーテレサの手伝い

中村天風という哲学者がいます。この方は世界中を回りました。
インドでヨガの行者と出会い、修行してびょきを直し帰国して哲学の方に進んで行かれた方です。
その方に影響された男性の方がインドでマザーテレサの手伝いをしました。
どんな手伝いかといいますと、カルカッタでマザーテレサの施設を訪ね、寝たきりの老人お世話をしました。
ある日世話が終わって休憩中、世話係から悪いけれど、寝たっきりの老人がトイレに行きたそうだからトイレに連れて行ってと言われ、寝たきりの老人を背中に負ぶってトイレに行きました。
大便でした。

身体が弱っているのでその場で支えなくてはならず一緒に坐っていると、はっとここはインドには、紙がないことに気づいたのです。
私は用を足した後この老人にどうしたらいいのかとパニックになりました。
混乱していると、目の前にマザーテレサの書いた1枚の紙が目についた。
それには「今貴方の目の前にいる方がイエスキリストです」と書いてあった。
今トイレをしている方がイエスさまであるという気持ちで接しなさいと思ったら、自然に下を流れる川の水をすくっておしりを洗った。
用が終わり部屋に帰るとき、動転と緊張していたのか、顔を引きつらせて老人をベッドに運ぶ途中、後ろから肩を叩かれ、振り向くとマザーテレサで、もう1枚の紙を見るようにマザーテレサに指さされた。
その紙には「貴方も緊張すると貴方の側にいる方も緊張します。貴方が優しい心になるとその方も優しい心になります」と書いてあった。
背中の老人は緊張してこわばっていたそうです。
そこでマザーテレサに、スマイル・スマイルといわれ、無理矢理に笑ったら、マザーテレサもにこっと笑いました。
これがその方のマザーテレサの施設での一番の思い出だったそうです。

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記念感謝祭でのお宗祖さまお形見拝戴のご利益と子供の育て方

平成21年7月15日の那賀教区便りから講師の法話を転記しました。

※ 記念感謝祭とは、各支部単位でお宗祖さまのお形見を頂き、お詣りした信者の具合の悪い所にお形見を当ててお宗祖さまのご加護を祈る儀式を取り入れて、平成20~21年3月頃まで行われた支部感謝祭の事です。

ある信者様が記念感謝祭お形見拝戴を受け、1ヵ月ほどして尿管結石になった。
お形見拝戴を受けたのになぜ病気になるのだろうと正直に思われたそうだが、しかたなく内視鏡手術を受けたところ、膀胱の裏に3mmほどのガンが見つかり、内視鏡で取っていただいた。
また、ある方は、股関節が悪く歩くこともできなかったが、お形見拝戴を受けられ、歩くことができ、座ることもできるようになった。
私自身も、ご廟の階段を登っていると胸が痛くなり、それが頻繁になってきた。
心筋梗塞の半歩手前で、カテーテル手術を受けた。
3か所詰まっており、5回以上の手術をする必要があったが、記念感謝祭で心臓にお形見拝戴をしていただいた。
その後検査に行ったところ、きれいにすべて良くなっていた。
このように記念感謝祭のお形見拝戴でたくさんの方がおかげをいただいている。
私に家は、私の父が、決心信者となり弁天様の側で守られて育ってきた。
小学校2年生の時に、風邪でペニシリンをうったが、身体に合わず、命が危うくなり緊急搬送され助けていただいた。
その半年前に、お護摩の呼び出しで「100日参りをしなさい」と仰せられ、100日参りをしてすぐその事件が起こった。
その後、お宗祖さまが私に向かって「あなたは弁天様に命を助けていただいた。大きくなったら弁天様のお役にたすのですよ」と仰った。
私が勤めるようになった時は、母がご神示をいただいた仕事の1つである本屋を始めた。
資本がないため、学研の科学と学習といったものを配ることから始めた。
「教えてやってくれないか」という声に応えて、子供たちに教えだし塾を始めることになった。
この塾の仕事もお宗祖さまにいただいた仕事。
私の人生は、小学校2年生のときに弁天様に助けていただき、弁天様を一心に祈るという中で育てていただいた。
子供たちは、優しい心、人をいじめる怖い心、傷つける心、色んな心が同居している。
どの心が前面に出てくるかでその子が形成されてゆく。
感謝祭や子供お運びといった祈りの中に子供を入れておくことが本当に大切。
祈りの中に子供を入れておくと、子供が少しずつ変わってくる。
環境が変わることで、その子の心の向きが変わってくる。
そこから行動が変わってくる。
まず感謝祭に連れてくる。
子供お運びに参加させていただくことが、子供たちの向きを変えていくことの大きな要素になる。
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日々のお言葉10 「善いことは行ってはじめて善い事になるのです」

教区便りの7月のお言葉

宗祖様は、積徳の身ととして善を行うことをお示しになったが、今月の言葉のように善とは、行って初めて意味を持つ。
いくら善い事を研究し、頭で理解しても信仰上の価値はないに等しい。
今一度、自分の信仰を振り返ってみよう。
善い事はなにかを、よくわかっていながら何もしないということはないか。
心の中で思っているだけで、善を行ったつもりになってはいないか。
善い事であるが故の落とし穴もある。
それだけ「善」を行うことはむつかしい。
しかし、善を行わないで願いがかなえられる信仰はない。
できることから1つ1つやって行こう。

同じお言葉の参照茨木教区便りの日々のお言葉10

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日々のお言葉10 「良いことは行ってはじめて善い事になるのです」

平成21年7月のお言葉10
平成21年6月15日の茨城教区便りから頂きました。
この教区の日々のお言葉は創作です。善いことが書いてありますので、毎月読んでいます。
考えさせられるお言葉の説明だと思います。


最近テレビのニュースを聞いても、新聞を読んでも世界の秩序ウの欠落、汚職、誹謗中傷等が主体で、毎日悪いことを頭にこれでもかこれでもかとインプットされているようです。
せめて日本発信の健全なニュースはないかと思います。
家庭で教えられていたであろう道徳観念も欠如し、社会ルールも乱れてきていますが、鬼畜同然でない人間らしいものが正常であることを願っています。
先日高校生2人が、女性が泥棒と叫んだので、逃げている男を自転車で追いかけて取り押さえたニュースがありました。
高校生2人は、友達ではなくたまたま偶然その場に居合わせて犯人を追い詰めたのですが、その犯人が警察の人でした。
善意が下手をすれば犯人に怪我をさせられることもあったでしょうが、咄嗟に判断して行動した2人の姿に、昔は人が困っていたらこのように自然に反応をして動いていた人が、多かったなあ!と、懐かしんでいます。

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故梅木先生回想録98

御所教会の機関紙「幸真」昭和21年9月1日号から頂きました。

お宗祖様のお話では、故梅木先生は弁天さまがお前に2人の弟子を与えてやると言われ、与えられたお弟子さんの1人です。

故梅木先生回想録97からの続きです。
最初の記事回想録80に戻ります。

信者でありながら、何故講に入らないのだろうか、私は不思議に思った。
色々原因を調べてみると、ご利益はいただきたいが、信者として拘束されたくない。
即ち、負担を免れたい……、という考えだった。
講に入らなくてもご神示は受けられるのだから、講に入って色々な義務を負わされるのを免れたい。
これが本心のだったようだ。
無理もない事で、仕方がないから自分の手で導きをしようと思った。
それから10人ほどの人を導いて22名に達したので、なお不足分は親戚の名を連ねて30名の名簿を作り、南葛支部設置の書類を十輪寺弁天講本部へ提出した。
所が半月たっても、1ヵ月経っても承認されなかった。
尊女があれほど勧めてくださったのに、何故設立が承認されないのだろう。
これなら設立に奔走するのではなかった。
イライラした気持も手伝って尊女にお目にかかった。
「講を作るのに奔走してくださったそうで、書類が出ていると聞いていますが、ちょっと横槍が入って院主(いんげ=住職智祥様)さんも困っていられます。
詳しい事は院主さんに聞いてください」
尊女のお言葉で院主さんにお目にかかった。
「実はある人から南葛支部の承認を待ってくれと言ってきた。
あんたは高田弁天講に入っていたそうですね。
その講元から無断で独立するのはけしからんと世話人をしている人から言ってきたのです。
この人は弁天様の世話人でよく世話をしてくださる人なのでこの人の言うことを聞かなければおさまりがつきません。
それで承認を止めていたのです。
本当に困ったことです」
ご院主さんは気の毒そうな顔をされた。
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# by nohara4241 | 2009-12-12 10:04 | 講師の回想
お宗祖さまが祈りで因縁を解いてくだる

平成21年7月号の都島教区便りの優谷壽男教区長さんの教区長挨拶文の中にお宗祖さまのお言葉が載っていましたので抽出しました。

ご宗祖様のお言葉としてうねび教区の前の教区長であります吉村さんが「宗祖と私」という本の中で残しておられますお言葉の中のお宗祖さまがこうおっしゃったというのですね。

それは『弁天宗の霊場にお参りになっただけで薄紙を剥ぐ如くでありますけれど、因縁が解けるように祈りをこめております』と仰ったそうです。

如意寺でも冥応寺でもお詣りになった時は、バスの時間が気になるからといってお祈りがおろそかになり、お百度を踏むのが忙しくなったりしないように心がけてくださいとも仰っておられます。
この霊験あらたかなご本尊の前に出させていただいたのだから大きなお徳、ちょっとは因縁を解いていただこうかなというふうなことであります。

私は、お宗祖さまが言われるように、この世に因縁解脱のために人身を受けたのだと思っております。
因縁解脱とは最終目標ですが大げさかもしれません。悪因縁を減らす解消ですね。
私が来世で、またごあの世の先祖様・将来の子孫が幸せになるために、少しでも善い事を行い、罪を懺悔し続ける必要があると思います。
しかし、悪因縁を作ることはできても、なかなか善根功徳を行って因縁を解消することは、なかなかできないのが現状ではないでしょうか。
世のため人のためにと善根を積んでも、怒ったり、悪口不平を言っては悪因縁を作り、善根功徳をパーにしていると思うのです。
(差し引きするとマイナス点が多いのではなかろうかということです。)
これでは悪因縁の解消は難しいなあと思っていましたところに「薄皮を剥ぐ」話を知りホッとしました。
お宗祖さまは今でも私たち信者を見守って下さっています。
従って、私は、吉村さんが「宗祖と私」で仰ったように、今でもお宗祖さまがお祈りしてくださっておられると思います。
善根功徳がなかなか積めなくても、聖地に行きご本尊さまを真剣にお祈りすれば、薄皮を剥ぐように因縁を解いていただけるのではないかなとこのごろ思うようになりました。
如意寺にお詣りししっかりお祈りすることが楽しくなりました。
お宗祖さま智辯尊女様は素晴らしいお方です。
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ご宗祖さまの物語(3)土の中の50銭銀貨

都島教区便り平成21年7月号に「ご宗祖さまの物語(3)」と題して教区長優谷壽男さんの記事がありました。
ご宗祖さまの物語(2)に引き続き参考になりますので転記させてもらいました。
ご宗祖さまの物語(1)に戻ります。

カテゴリーは「講師の回想」に入れます。
優谷教区長はお運び研席の教使でした。
ご宗祖さま物語は、宗祖伝の原稿からのお話ではないかと思い、従って教区便りの記事を転記することにしました。

優谷教区長さんは教区便りの挨拶で3回目の話についてお宗祖さまが掘りあてられて、どういう風に使って助かったとか、50銭銀貨を何に使ったのかという所がポイントであります。当時はロープウエイも電車もありませでした。また楽しみにしてください。
と述べられています。
私もお運び宗祖伝3講で何度も電車賃に使ったと聞きました。
さらに土井タツ女様の前に出て行きお告げを聞かれたことも初耳です。
お宗祖さま物語を転記してよかったと本当に思っています。

リンクしていますから、50銭銀貨の出ている宗祖伝2講、3講の法話を見てご確認ください。
宗祖伝2講19年』『宗祖伝3講19年

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# by nohara4241 | 2009-12-08 21:25 | 講師の回想
これでいいのか、ある支部の現状

お運びに参加した妻が、隣に座った方から、どんな信仰をしていますかと相談を受けたようです。
今回、昼間のお運びにこっそり参加しました。
何時もは、お運び受講の姿を支部の方に見られたくないので夜間のお運びに参加しています。
支部の皆さまは、お宗祖さまがなくなってから、弁天さんの力はなくなった。
助けてもらえないと真剣に信仰する気持ちが無くなったようです。
実は支部では弁天さんのお運びに行ったり、行事に参加すると変な眼で見られるのです。
支部も教区も今までの惰性で、運営されているだけで、信仰を信心を深める活動はしていません。
ですから弁天様のお蔭について話すこともなく、よその神様に見てもらいに行っているようです(困ったことがるとお尋ねすることができる拝み屋さんでしょう)
もっと弁天様の奉仕や活動に参加したいのですができません。
ということでした。

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