日々のお言葉13 「苦しみのない行はありません」

心の行をする人にとって、生活の場が即道場となる。
ここでは行のカリキュラムはない。
いつ、何をせよと言われるかわからない。
病気やけがは当たり前。
願わぬことが次々と起こってくる。
不測の事態に直面して茫然自失と言ったこともあるだろう。
しかしこれこそ道場長たるご本尊さまが、わざわざ用意して下さった問い掛けだ。
そこから何を学べというのか…………。
これが分かれば、いくらでも自分で行ができる。
逃げ回っていたのでは、看板倒れの信者にすぎない。
逃げられないから苦しいのである。

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日々のお言葉13 「苦しみのない行はありません」

平成21年9月15日号の茨木教区便りから転記しました。

弁天様にご縁をいただきて思うことは、色んな人の姿を見るということです。
初めてお運びに通うようになったら、次々と問題の多いボランティアの現場に遭遇し、一様でない人間社会と自然に接する機会を与えられました。
今でもそれは形を変えて続いています。
教区支部に入っていただくようになると、勝手信者(支部という組織に参加せず、または支部等を脱した方)であればこのような事に出合わなくて良かったのではと思うことにも出合いました。
ではどうしてそうであっても支部や教区に入るようにと勧められるのでしょうか。
各人が生活している世界というのは一生かかって旅をしたとしても、意外と小さいものです。
幾ら頑張って図書館の本を全部読もうとしても、世の中のすべての知識に精通するには無理があります
それだけ自分という存在は力も能力も足りないものなのです。
ただ普通なら気付かないで通り過ぎるであろう出来事や人間、各種の問題に、信仰を持つことで課題が与えられます。
むやみやたらに模索していたのとは違い的を得た課題です。
それと付き合う中で自分に何が欠けていて、何をすべきかを教えられます。
例えばいい例ではありませんが、ご奉仕に伺っているのに、人の悪口を聞きにきているみたいでいやだというのを聞きますが、それは同じ教えを学ぶ仲間の中でもあることで人間のいやな面を見ることでしょう。
心の行をする私達が教えを学ぶ中でその意味を知らされます。
そのために行があるのだと思います。
すべて意味がない事ではなくて、みんな意味があります。
お運び席でお話を伺う、ご奉仕をさせていただくのは霊場での行ですが、実際家庭でも一歩足を踏み出した世の中でも、その人その人に合った行を与えて下さっています。
それが自分ではどのようものか? 内容が予測できないために、逃げたい、逃げようという気持ちを持つかもしれませんが、心の眼を開けば瞬間、瞬間に、これは!と思えるご本尊さまご宗祖様の深い御心を感じることでしょう。
あたえられる行が本当に辛く、耐えられないと思うこともあるでしょうが、それでないを学びなさいと仰っているのか、しっかりと向き合っていくことが大切だと思われます。
人間はいくら修行をしている人であっても完全ではありません。
また世の中は、人が作っているものですから、常に変動もしています。
その中で信仰ということは、一体何でしょう。
本物の心の自由を得ることでもあり、本物の心理を学ぶことだと思います。

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日々のお言葉12 教区便りから

日々のお言葉12 「善根功徳行は行うだけでよい。ただそれだけでよいのです」

善い事をすると人に認めてもらいたい。
見返りを期待したくもなる。
しかし、そんな気持ちが、少しでもあれば功徳にならないというのがこのお言葉である。
目的は手段の積み重ねによってしか得られないのだからといって、手段の手間を省くことばかり考えていては足元を踏みはずすことになる。
私心を押さえ、ひたすらお言葉を指針として過程を積み重ねていけば、いつの間にか願っていたものが得られる。
私たちにはできることは何が善かを学ぶこと。
他を責めるための信仰ではない。

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お言葉23「自分より他人を先に、それがあなたを幸せにする道です」

お言葉23「自分より他人を先に、それがあなたを幸せにする道です」について、18年11月12日(日)水の章15講NO2小竹講師の法話にありましたので抜粋しました。
小竹講師は、救われるには順番があるということですと言われました。我も我も等見がちですが、順番があるのです。そう思うと慈悲愍みの心も善根功徳行も順番があるのだあせてはいけないと教えてもらっているように思いました。


4 己を汚す事によりて他を清め、また己を澄ますものなり(38)

⑴ 清めるとは自分が損をすること

これには2つの意味があります。1つは己を汚すことが他を清めるです。
汚れるということは先ほど申しました自分が損をするということです。
人のために出す、人に尽くす、人に与えるということです。
これらを伴わないで他を清めるということはありません。
自分も得して相手も得する世界ではないのです。
相手の汚れを自分がひっかぶるそれで相手の汚れが取れるのです。
洗濯機を思い出してください。
衣類の汚れを取ろうと思ったらきれいな水が汚れるのです。
人が重たい荷物を持ち大変だな助けて上げようと荷物を持ちますと荷物の重さ自分にかかってきますね。
用具を利用する等工夫はあるでしょうが魔法を使って荷物を軽くすることはできません。
汚れは消えないのです。
私たちが相手のものを半分取ると相手は半分取られる世界に生きています。

⑵ 順番のある世界

2つは、他を救うことが自分を救うことになるのです。
これは救われるには順番があるということが判ります。
相手を先に救い、自分は後で救われることを忘れなければいいのです。
救われるのは順番があるのです。

お宗祖様の信者訓戒に自分より他人を先に、それがあなたを幸せにする道ですという言葉がありますが、私たちが住んでいるのはまさにこの言葉の世界なのです。
そこを間違わないで生活して行きたいと思います。
私たちの身の回りの起きる何事も、まず私たちが先に損をしたらいいのです。
そのことを心をとめて取り組んでいったらならば、他人を救うことが自分を救うことになるのです。
どっちが先であるかだけ間違わなければいいのです。
自分を先にするからトラブルが起きるのです。
相手の方を先にすればトラブルは起きません。
この生き方が人間として本当の生き方でしょう。
この生き方をすれば、パーキンソン病もガンも治すことができると思っています。
病気に負けない生き方がそこにあるのではないかなと思います。

宗教は形より心が先行する世界です。信仰が先にあっておかげが後です。
順序の理とでもいうのでしょうか、順番を持っているものがありますから、その順番を間違わないようにて信仰していくことが大事かなと思います。
善根の周囲を取りましている事柄をもう一度確認して、純粋な本当の善根を積むことができるように頑張っていきたいなと思っています。
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ご宗祖さまの物語(5)

都島教区便り平成21年11月号に「ご宗祖さまの物語(5)(お大師様の像)」と題して教区長優谷壽男さんの記事がありました。
ご宗祖さまの物語(4)の続きです。 
ご宗祖さまの物語(1)に戻ります。

カテゴリーは「講師の回想」に入れます。
優谷教区長はお運び研席の教使でした。
ご宗祖さま物語は、宗祖伝の原稿からのお話ではないかと思い、従って教区便りの記事を転記することにしました。

大正4年(1915)4月、7歳になった清子は村立水分小学校に入学した。
ふくふくとした丸顔で誰からも可愛がられたし、勉強も良くできた。
また妙に友達がまわりに集まるという不思議な魅力を持った子だった。
1人の同級生の髪を梳いていると「私も梳いて」「私も梳いて」とたちまち清子のまわりに人が集まってくるのだった。
当時「吸い玉」という民間療法があった。
拳大の鐘状のガラス容器にマッチを擦って入れ、針で突いた肌の密着させる。
マッチが燃え尽きるとと共にガラス器具の中の気圧が下がって悪い血を吸いだして筋肉の凝りを解消してくれるというものであった。
清子は祖母から学んだ吸い玉を近所の人にしてあげた。
すると「清ちゃんの吸い玉はよく効く」と評判になってしまった。
学校から帰ってくる清子を待って家の前に行列ができた日もあった。
さすがに重吉も困って、清子にやめるように説得した。
また檀那寺本善寺に毎週日曜日に開かれる子供を対象にした日曜学校にも積極的に出席した。
何時も一番前で熱心に法話を聞いている姿にお寺の住職も感心し、年に1度門徒衆のほとんどが参詣する報恩講では御文章の箱を捧げ奉る役を毎年清子に割り当てた。
父重吉と大の仲良しで、以後の好敵手であった吉川というお医者さんがいた。
この方は奥さんに死に別れ、子供もいない天涯孤独の身だった。
それで常々「私が死んだら財産をすべて引き取ってほしい」と重吉に頼んでいた。
しかし、他界された時、重吉は1人で処分するのに気が引けて檀家宗に相談した。
その結果「吉川さんの供養のためにもみんなで分けて活用させていただきましょう」ということになった。
吉川家の道具を本善寺に運び、集まった村人たちに好きなものを引き取ってもらうことにした。
あれやこれやとにぎやかに品選びをし、希望の品を持ちかえった後に、少々大きな桐の箱が残った。
ままごと遊びに丁度いい大きさなので、清子は初めから欲しいと思っていた。
「私これ欲しいな」と父に言った。
中に何がはっているのか開けることになった。
しかし、金具が錆ていて簡単に開かなかった。
やっと鉄の棒でこじ開けて見ると、中には緋衣を召したお大師さんが座っておられた。
重吉は難色を示した。
吉井家は先祖代々「南無阿弥陀仏」だけを唱えてきた熱心な浄土真宗門徒である。
真言宗の開祖である弘法大師の像を家の中に祀ることはできないと思ったのだろう。
しかし、清子はなぜかこの大師像が欲しくて欲しくてしかたがなかった。
一生懸命父親にお願いしたので、ついに「粗末にならないように毎朝お給仕して拝む」ということを条件に許してもらった。
何年か経て、清子が結婚した後、吉井家に不幸が続いたので、祈祷師に拝んでもらった。
するとこの大師像が現れ「娘さんと縁の深いお大師さんだから、いつまでも吉井家で祀っていてはらいけない。すぐ娘さんの許に返しなさい」というお告げだった。
母スエ(原文=すえ)は、早速お大師さんを背負って清子の新居である上市大師堂に運んだ。
その後、この大師像は清子とともにあって、現在は如意寺の本堂右側にお祀りされている。
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# by nohara4241 | 2009-12-20 20:17 | 講師の回想
ご宗祖さまの物語(4)

都島教区便り平成21年9月号に「ご宗祖さまの物語(4)(二重橋は誰でも渡れるようになる)」と題して教区長優谷壽男さんの記事がありました。
ご宗祖さまの物語(3)の続きです。 
ご宗祖さまの物語(1)に戻ります。

カテゴリーは「講師の回想」に入れます。
優谷教区長はお運び研席の教使でした。
ご宗祖さま物語は、宗祖伝の原稿からのお話ではないかと思い、従って教区便りの記事を転記することにしました。

大正3年(1914)6月28日、バルカン半島のサラエボで白昼セルビア人青年によって発射された銃弾はオーストリア皇太子フランツ・フェルディナンド夫婦の命を奪った。
この事件が文字通り引き金となって7月28日オーストリアはセルビアに宣戦を布告した。
やがてドイツ・イタリア・トルコがオーストリアに味方して参戦し、イギリス・フランス・ロシアがセルビアに味方して参戦した。
第1次世界大戦の勃発である。
日本は日英同盟に基づいてドイツに対して宣戦布告した。
中国山東半島におけるドイツ租借地青島を攻撃し、11月7日占領した。
日本全土は戦勝気分に沸き返り各地で提灯行列が挙行された。
吉井重吉は、日露戦争の時出征し、旅順の203高地で武勲を立てた忠君愛国の士であった。
座敷の欄間には明治天皇皇后両陛下、大正天皇皇后両陛下のお写真が飾られ、皇居の象徴である二重橋の写真も掲げられてあった。
青島陥落の時も在郷軍人会の幹部として戦勝祝賀行事を指揮していた。
行事終了後主だった人たちと共に氏神様に参拝し、そのまま自宅に招いて祝宴となった。
3人の子供たちも下の席でご相伴にあずかっていた。
お酒が進み日露戦争における武勇伝も語り終えたころあいに、重吉はこんなことを言った。
「一生に一度でいいから二重橋を渡って天子様を拝みたいと思いますねん」
「それは大層な望みやおへんか。めったに人の渡れる橋やないもんな」
と一同ため息をついた時、下座にいた6歳の清子が
「そやけどそのうち誰でも渡れるようになる」
と言った。一座の驚いた眼は清子に集中した。
「清子ちゃん今何て言うたの」
客の1人が尋ねた。
「うん、二重橋はそのうち誰でも渡れるようになる」
重吉は厳しい目つきで
「清子」
と怒鳴りつけた。
「だってそうなるもん」
当時高位高官の政治家か軍人が宮内省の許可を得て、指定された時刻にしか二重橋を渡れなかったのに、天皇の尊厳を傷つける発言に一同は一瞬言葉を失った。しばらくして
「まだ小学校にも上がらん子の言うたことや、何も分からんと言うとるのでっしゃろ」
と執り成してくれる人があって、祝宴は滞りなくお開きとなった。
しかし、重吉は心配だった。
「吉井家の家の中では大変な話をしているらしい」
等と村で噂になったらまずい。
警察の取り調べ等と不名誉なことにでもなったら、今まで築いてきた栄誉も地位も崩れてしまう。
重吉は人に勧められて清子を上市の金光教の教会へ連れて行き、悪霊払いの祈祷を頼んだ。
1週間毎日通い満願となった。
心配していた村の噂も表面には出ず、月日が過ぎていった。
後年、清子はこうはなしている。
「言うたら父が困るのが分かってましてん。言うたらあかんことやと、いいきかせても、あの二重橋の写真を見ると勝手に口から出てしまうのです。自分でも何やらわからんうちに」
その後30数年を経て、民主日本に生まれ変わってからは1月2日と天皇誕生日には誰でも二重橋を渡って天皇陛下を拝賀できるようになった。
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# by nohara4241 | 2009-12-20 20:13 | 講師の回想
私の信仰についての考え方

前に投稿したお宗祖さまのお諭し 『真実の祈りをする人は最後に勝利する』に関してつぶやいたものです。

まだまだ信仰ついては分かりません。
今までの信仰体験で言える私の考えです。
弁天宗の教理の解釈では、小竹小善さん水の章の教えが一番理解しやすく実践できる教えであると思います。
私のお運び法話の水の章をご覧ください。

支部の感謝祭に参加して、信仰が大事だとお宗祖さまがいわれた。
子供のころおばあちゃん(母親かもしれません)に連れられ祠や神社の神仏に手を合わせていた。
大阪の空襲で焼夷弾を浴び、助からないと言われたが五条に出かけお宗祖さまに助けてくださいとお願いした。
あなたは子供のころ神仏に手を合わせたので弁天様が助けてあげると仰っていますと言われ九死一生を得られた。
その方は大阪で支部を作り教区長になられています。
講師の信仰が大事ですというお宗祖さまの言葉のたとえ話として話されました。
しかし、何が信仰か理解に苦しみました。

母親や祖母の言われるがままに手を合わせることですが信仰でしょうか。
私はその方に神仏を信じる、敬う心が備わっており、よい信者になると弁天様がお見通しになられたから御助けになられたと思うのです。
子供の信仰では、お宗祖さまの集会でのお諭として収録してあります。
おばあさんが、弁天様は偉い神さまだから、マンマンちゃんと手を合せて拝むのよと教えます。
子供は、さっき転んでけがをしたけどそんな偉い神さまだったら何故僕がけがをしないように助けてくれないのといわれ、ああ言えばこう言う手に負えないとおばあさんが言ったそうです。
この話をお宗祖さまが聞いて、弁天様は助けて下さいという人しか助けませんと言われています。
誤字脱字があり12月19日一部修正しました。

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真実の祈りをする人は最後に勝利する お宗祖さまのお諭し

平成21年9月15日号高田教区の高田だよりに「真実の祈りをする人は最後に勝利する」という題でお宗祖さまお諭しがありましたので転記しました。
文章の最後に「昭和42年宗祖尊女年頭のお言葉より」と後記がありました。
お宗祖さまは昭和42年2月15日に亡くなられ、年頭は病床にあったと思います。
お亡くなりに前の残された ご遺告を除いて、信者に残された最後のお諭しだと私は思います。

ご神示ばかり頼りにしているようでは、本当のおかげはもらえないのです。
本当の信仰に徹してまいりましたら、ご神示等問題ではない。
ご神示等を受けなくてもちゃんとご本尊さまがおみちびきくださる、そういう風になるはずでございます。
間違いございません。
それだけのお力をお示しくださいます。
このように信じていただく、これが信仰なのです。
右か左か迷って、ご神示をいただけないから困っている。
そして今まで大事に育ててきた自分の信仰までひびを入れるようなことになっている。
要するに迷っている。
これではいけません。
こういう方があるのじゃないですか。
善く反省して見てください。
自分は今の信仰を頼りなく思っていないだろうか、どうだろうかということです。
信仰ということは少なくとも信仰しておかげをいただくのだということは、自分の心の問題です。
誰がどうしたから、どこの誰々がこうしてくれないからどうのこうのということではなりません。
自分のご本尊さまのお導きを信じて、お祈りさせていただくのだ。信仰するのだ。行もするのだ。
そういうことでないといけないのでございます。
そういう方をご本尊さまはお見捨てになろうはずがございません。
そういう方が、例えば、右か左かということを決めなければならない事に直面した時には、きっと何かの方法で、行く先をお示しくださるはずでございます。
そういう方のお祈りはきっとご本尊さまに通じているからでございます。
真実の信仰をしてください。
フラフラしない信仰でございます。
誰になんと言われようと、迷わない固い信仰、これが本当の、真実の信仰、本当の祈りなのですね。
真実に祈りとは固く信じて祈ることです。
ご本尊さまのお力を誰に何と言われようと信じている。
これなのです。
他の人たちのように、困ったからといって他所へお伺いをたてに行く。
その時は、非常に楽におかげがあったように見えます。
右とか左とか何時までも苦しまなくて済むのですからね。
ですけど、迷わなかった人は、いつまでも解決がつかないで苦しい。
確かに苦しことだと思います。
他の人はとうの昔に右か左か決めてもらっているのに、自分はまだ決まらない。
そういうことだってあるでしょう。
しかし最後をごらんなさいと申し上げるのです。
きっとあなたが勝ちます。
その時はかえって真実であったがために苦しいでしょうが、最後の勝負は勝ちです。
間違いありません。
誰になんと言われようが、真実一路で(ご本尊さまに)通じてごらんなさい。
真実はまごころですから、これよりほかに強いものはないはずです。
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# by nohara4241 | 2009-12-19 05:01 | 新年の挨拶
お言葉16 宗務総長のお言葉を考える

日々のお言葉16 「感謝は形に表さねば、感謝になりません」

妙音新聞平成21年12月15日号に、宗務総長の日々のお言葉の解説「お言葉を考える」が掲載されていましたので、転記しました。
感謝祭でも今月のお言葉ということで話されていますが、新聞の載っているので助かります。

さまざまな人とのつながりの中で、私たちは生かされています。
例えば、先祖、祖父母、父、母、兄弟、姉妹、夫、妻、子ども、孫、先生、生徒、師匠、弟子、上司、同僚、部下、隣人、友達、恋人、尽くす人、尽くしてくれる人、支える人、支えてくれる人、愛する人、愛してくれる人。
そして、私たちはご本尊さま・とのご縁を頂き、かけがえのない信友にも恵まれ、これらの人との触れ合いの中で、喜びや悲しみを分かち合って成長し、現在があります。
たとえ、今どのような状況にあっても、私たちはそれぞれの人に感謝し形に表さなければなりません。
感謝は形に表して初めて相手に伝わり本物になるからです。
難しいように感じるかもしれませんが、人のお世話になったり、ものをいただいた時には、皆さん恐らく
「ありがとう」というでしょう。
この「ありがとう」という一言が、感謝を形に表す第1歩です。
ある信者さんが、結構なお蔭をたくさんいただかれました。
そのありがたいという気持ちを、自分の胸にしまって多くのはもったいないと思いました。
そこでいただいたおかげ話を会う人・会う人に話していきました。
人に話すことにより、ご本尊さまへの感謝が深まり、その深まった感謝を人に伝えずにはいられなくなり、話を聞いた人も「そんな(に?)ありがたいのなら、1度お詣りして見よう」とご縁を結ばれ、喜びの連鎖が生まれることになりました。
水が上から下に流れるように、感謝の心を自分だけに留めておかずに人に伝えるという行為。
これが大切なのです。
感謝を形に表すという行いは、決して難しい事ではありません。
感謝を言葉にする。手紙を書く。絵に描く。手作りのプレゼントをする。
花を贈る。会いに行く。一緒に過ごすなど、表現の方法は数多くありますが、形に表すことにより感謝の思いは深かまります。
感謝を形に表す行いには、相手と自分の心を温かく豊かにし、幸せにする不思議な力があります。

リンク
お言葉16 教区便り
お言葉16 茨木教区便り
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お言葉64 水の章から

お言葉64「すべての原因は自分にある」に関するお話を18年10月22日(日)水の章14講 小竹講師講話の中から抜粋


苦から逃れるための生き方

別な表現では、苦しくなくても今ある状態を「苦」としまして、ズーと置いておきますと、自分の未来において何も変わらないということになります。
力を加えないと今の状態は未来でも今の状態なのです。
少しでも苦しみを乗り越えて喜びに変えようというのが信仰でありますから、何もしないのではなく今の状態に力を加えます。
どんな力かと言いますと生活を変えるという力です。
変化する力です。
どんな力かと申しますと善根ですから、人の役に立つという生き方をするという変化を生活に加えますと、喜びの未来が開けてくるのです。
ですから私たちの未来の生活を作る責任は、自分にあるのです。
お宗祖様の言葉ですが「すべての原因は自分にある」といわれています。
この自分にあるという意味は、済んだことを言っているのではなく、これからどんな未来ができるか。
どんな将来にするか。
その責任の所在はあなたですよ。
あなたがどうゆう風に生きてゆくか、それによって未来が変わってきます。
信者さんの中にはこんな話が沢山でてまいります。
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