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般若心経について

071224今年最後のお運びから抜粋

般若心経では、ああだこうだ話しましたが、般若心経全体が呪文で更に小呪文として羯諦羯諦波羅僧………心経があります。
ともに神や仏に通じる心を無心にすることができる不思議な力を持つ呪文です。
ですから心経文の意味解釈を考えることなく無心にお唱え下さいとお話がありました。
私は、大辯才天礼拝経では観音経を唱えるところがありますが、観音経を唱えるのは観音様即辯天様だから辯天様の御徳を讃える観音経には納得していました。
しかし、般若心経があることが最初不思議で、疑問に思い、納得が行かなかったのです。
そこで考えたのが、お宗祖様は般若心経を唱えると無心になり辯天様とお話ができる。
声が聞こえるといわれています。
空の理論であるとかいう経文の意味解釈のお話しより、祈祷師や霊能者が般若心経を唱えるの見聞きし、経文を唱える事により無心になり神に通じる手段のお経ではないかと思うようになりました。
講師から般若心経全体が呪文だといわれ、やはりそうかと思いました。
ここに到達するのに長い時間がかかりました。

お宗祖様が大辯才天禮拜經を作られた(19年11月の感謝祭で大辯才天女尊典礼拝経は、お宗祖さまが日夜苦労して構成されやっとできたお経で、印刷屋に頼んだ折、できあがった経本に感激し、お宗祖様が印刷屋に出した原稿を返して貰うの忘れ、残してないが、残って居れば宗の宝になったのに残念ですと述懐されました)時に、きっと般若心経を最小限3回唱えると心が無心になり辯天様とお話ができるから3回にされたのだろうなと思っていました。
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足が動かなくなるまでお運びに来なさい

いつまでお運びに行くのか?
耳が聞こえなくてもお話を聞くのか?
の疑問に答えるお宗祖さまのお指図

20年1月6日は今年初めての法話を聞きに五條まで行きました。
1階の祖霊殿が6~70人、2階の護摩殿が100人くらいですが、正月松の内ですから多い方ではないでしょうか。
小寒でこれから寒くなるのでしょうが、お日様が出て暖かいお運び受講でした。

田口先生からお運び受講をすすめたお宗祖様の話しがありました。

最前列にいても講師の声が割れて何を喋っているか耳に聞こえなくなったご婦人にお宗祖様はお運びを勧めたそうです。
お宗祖様に『足が動かなくなりお寺に来れなくなるまでお運びを受講しない』と言われて、そのご婦人は80才近くまでお運びに通われました。
ご婦人は、「何を話しているか分からないのに何故お話を聞きに行かねばならないのですか」と訪ねますと、
お宗祖様は『貴女の魂が心がお話しを聞いているのです。
お運びを続けると重大事柄は必ず神様が貴女に聞こえるように話しをしてくれますから、法話が聞こえなくても聞きに来なさい』言われそれを実行したそうです。
田口先生がその方の娘さんをある男性のお嫁さんにお世話し、男性側から同意があったので、喜び事は早い方がよいと判断し、その耳の不自由なご婦人宅の玄関に早朝着きましたら、玄関から雨戸から全部開けはなされていたので驚いて理由を尋ねると、
そのご婦人は、「午前3時頃、亡きお宗祖様が寝間来られて起こされ、『今日はよいことで人が来るから玄関から雨戸等を開けてお茶を沸かし待ちなさい』と言われて準備をしていた」とのことだったそうです。
いかがでしょうか。聞こえなくても魂が聞いているのだそうです。
又貴女には分かりませんがお運び席の貴女の横に神様が居られますよともいわれたことがあるそうです。
それほどお運びを受講して話を聞くと言うことは大事なことだそうです。
心の行だそうです。
何を言われてもハイという素直な真心を作る育てる修行の場だそうです。
そういう心がけで法話を聞かないと、心は磨かれないし、神様から喜ばれる心を持った人間にはなれない、時間の無駄遣いだと言われました。

補足します。実は昨年から耳が聞こえづらくなり、録音のワープロ化ができなく、しかも支部の感謝祭では、前の席は遠慮していますので、後の席では聞こえづらく、放送設備のない支部の感謝祭への参加をどうしょうかと迷っていました。
魂が心が法話を聞くのですと言われ、恥ずかしくなりました。
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先祖供養のお知らせ

辯天宗御所教会の教会便り平成21年8月1日発行の幸真に掲載されていました。
講師は女性の方です。
不思議なご先祖供養のお知らせの講話ですので、こんなこともあるのだと思い転記しました。

8月はお盆、9月は彼岸と先祖供養が続きますので、今月は先祖供養を通じましていただいた「おかげ」をお話したいと思います。
私は昭和43年にご本尊さまとご縁をつながせていただきました。
しかし、10年間色々なことを知らないままに、教えられないまま、勝手信仰をしましたが、これはいけないと「お運び」に行かせていただきました。
ある時、お池の中から助けてほしいと3本の手が出ている不思議な夢を見ました。
後で、遠縁の先祖で3つお墓が土に埋まっていることが分かりました。
私は、ご本尊さまが今、大きな力のある弁天様とご縁をつないだ私に、どこまでの気持ちで先祖供養の大事さ解かるかと、お試しになっているのだと思い、その先祖様達を無縁にすることな、(弁天様の)永代供養をさせていただきました。
するとその後に、妹が易学の方に「大変喜んでありがとうとお礼を言っている」と言われたそうです。
私は、事業をしていましたが、幾度も谷底を経験しました。
その時は試練を与えてくださっているのだと思い、善根功徳の積み方を考え、実践しました。
人様のお役に立てさせていただく喜びを得ながら「行」の足らない所を埋めて行く大事さを気づかせていただき、感謝を形に表して形に表して行きたいと思っています。
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故梅木先生回想録97

御所教会の機関紙「幸真」昭和21年8月1日号から頂きました。

お宗祖様のお話では、故梅木先生は弁天さまがお前に2人の弟子を与えてやると言われ、与えられたお弟子さんの1人です。

『故梅木先生回想録95b』からの続きです。
『故梅木先生回想録80』に戻ります。

人間の世話はいやだと思っていたが、
「支部造りのご返事をするまで、ご神示はお預けにします」
と仰って、何度伺ってもご神示をしてくださらなかった。
どしてもご神示を受けたいことがあったので、妻と相談して、お受けすることにした。
「支部造りは因縁除けの徳を積むためにさせていただくのです」
この言葉の通り、そうかも知れない。
本当にそうだったら、支部を作ろう。
目に見えない不幸な因縁を1日でも早く解いてもらいたい。
幸せを頂きたいのだ。
そう思うと身内が引き締まる思いがした。
「それでは講を作らせていただきます」
尊女はお喜びになった。
「同じ(奈良県で現在五条市の隣の市以下略)御所の人で、協力してくれる人を紹介しますから、その人と相談してつくってください」
その人はSさんという人だった。
早速会って話をしてみた。
その人は会社員だったが、この土地で生まれた人でなかったので、町で知人はいないということだった。
これでは支部造りの頼りにならないなと思った。
Sさんに、「土地に知り合いもなく、紹介する人もないが、お金が入用な時は出させてもらう」ということだった。
支部造りに必要な経費は、いくらかかっても私が出すつもりだった。
こんな協力なら必要ないと思った。
その後、十輪寺の施薬頒布所の前にビラを張った。
「御所で講を作るから御所在住の方は参加してください」
1ヵ月かかってようやく12・3人の申し込みがあった。
支部は最低30軒の信者名簿が必要だった。
12・3人では支部にならない。
御所町は、南葛城郡の主都のような存在で、周囲に大正、掖上、葛上、葛、秋津の5カ村からわずか12・3人の申し込みだった。
大勢の信者があると聞いていたが、参加したのはこれだけだった。
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趣味の信仰について

ある教区便りに、趣味の信仰というお宗祖さまの言葉がありました。
私も、Aさんは本当の信仰をしているのではなく、見栄のため、自分の主観というか趣味のために信仰しているということがいえるのではないかと以前思っていました。
それで、趣味の信仰が載っていた教区便りの記事の主要部分を転写します。

以前お宗祖さまは「ほとんどの人は趣味の信仰です。本当の信仰ではない。本当の信仰になりなさい」と仰っていました。
では本当の信仰とはないでしょう。あっちの信仰、こっちの信仰とふらふらとさまようのではなく「一つ心」で一生懸命信仰することがまことの信仰です。
今日帰り道にこけたとします。
さて、「感謝祭にお詣りしたのにこけた。もう2度と行かない」と思わずに、どのようなことがあっても試練ととらえて「行」に励む、それが本当の信仰なのです。
今日、いろいろと良い話を聞かせていただきましたが、よかったなで終わるのではなく、聞かせていただいた試練を、自分の身に照らし合わせて、実践し、どうぞ善根を積んでいただきたいと思います。

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弁才天に関するお経の資料 その2
弁才天 (参考資料 天部の仏像事典 錦織亮介)その2

宝塚市にあります真言三宝宗清荒神清澄寺の参道にある経本販売店でかった金光明最勝王経 大辯才天経の末尾に記載されていた、筆者の資料です。
私はよく分析されている資料だと思います。
弁天様を信仰するものは本資料を一読する価値があると思いましす。

4 信仰
5 弁才天の縁日
6 弁才(財)天概観 参考文献 大法輪選書 図解寺院めぐり必携

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弁才天 (参考資料 天部の仏像事典 錦織亮介)その1
宝塚市にあります真言三宝宗清荒神清澄寺の参道にある経本販売店でかった金光明最勝王経 大辯才天経の末尾に記載されていた、筆者の資料です。
私はよく分析されている資料だと思います。
弁天様を信仰するものは本資料を一読する価値があると思いましす。
鎌倉時代以降、日本で弁才天の偽経が作成されています。
これには驚かされました。

1  成立
2  形像
3  偽経の弁(辯)才天五経の形像等

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お言葉15 徳の低い人ほど心は低い。

妙音新聞622号(2009年11月15日)に、お宗祖さまのお示しにならrた日々のお言葉15に関する辯天宗NO2宗務総長大森光祥さんの「お言葉を考える」が掲載されていましたので、転記しました。
感謝祭でも今月のお言葉ということで話されていますが、新聞の載っているので助かります。



低いとは自分より他人お幸せを先に考え他の力になることのできる心。
人の幸せを喜び、人の悲しみに胸を痛めることができる深い心。
苦しみの中にあっても、ありのままにを受け入れ、感謝の中で今を生き抜く強い心を指します。
また低い心とは、自分の中に原因を見つけ、困難を引き受けることができる謙虚で勇気ある心。
たとえだまされ、傷ついたとしても相手を許すことのできる心。
与えられた使命を最後までやりとげることができる責任ある心。
時の流れを受入れ、過去にとらわれず変化を恐れない柔らかい心。
ご本尊さまに帰依し、ご本尊さまの御心のままに生きる素直な心の事です。
低い心とは人にこびへつらうのではなく、迎合するのでもなく、まして卑下することでもありません。
低い心とは、自己中心的な欲望を超え、あらゆる執着から離れた自由な心なのです。
この「低い心」を行動原理とし、何か問題が起こった時、その問題が他人にとってどのような影響を与えるかを考えて行動する人が「徳の高い人」です。
心が社会に開かれて、社会の一員であることを自覚し、社会に貢献していることに誇りを持っています。周りには人が集まり、笑い声が絶えずその人とともにいつだけで心がやすまります。
「徳の低い人」つまり「心が高い人」はその問題が自分にいかなる意味を持つかを考えて行動します。
心が閉じられて自分にしか関心がありません。
極端な場合、その人の行動原理は、「損か得か?」であり、自分の欲望と快楽です。
当然何時も満たされるはずはなく、欲求不満に苦しむことになります。
現代社会に歪みをもたらしている偏った市場原理主義を信奉する自己中心的な人々や、頻発する凶悪犯罪の加害者が持つ心理的要因にも重なるのではないでしょうか。
宗祖様は、私たちが『低い心』を育み。「徳の高い人」へ成長することを願われました。
心を低くし、高い徳を備えるためには、み教えに照らして自分自身を厳しく律し、人に尽くし、心を鍛えることを心を怠ってはなりません。
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信者ですが辯天宗の信者数を知りません。
したがって、弁天宗の公称信者数が載っていましたので、転記しました。

534 新新宗教批判(1) からの転記です。

534 新新宗教批判(1)
宗教は花盛り
2006年6月25日(土)


 「現代日本の宗教社会学」(井上順孝編 世界思想社 2001年刊)は新宗教に ついて次のように述べている。
 「新宗教」という言い方は最近ようやく定着してきたが、一般には、「新興宗 教」という言い方のほうが通りがよい。
実際問題として、意味の違いはさほど 大きくはないが、若干のニュアンスの差がある。
マスコミ・ジヤーナリズムで は、新興宗教という表現のほうが一般的である。
この場合、「新興宗教」は、 「既成の宗教に比べてやや価値的に低い宗教」という意味合いが込められること がある。
次々に出現する新しい運動を、もっぱらその新奇さに注目して扱って きた、という経緯が関係している。
 これに対し、研究者は概して「新宗教」という言い方をするようになってき ている。
新宗教という、近代以降に出現した新しいタイプの宗教を学術的な対 象として扱っていこうというのが、その場合の基本的立場である。
したがって、 どのような運動・教団が新宗教といえるかについても、おおよその了解がある。
では、どのような運動・教団が新宗教に含められているのであろうか。
<表1>に 掲げたのは、組織の大きな新宗教、あるいは注目されることの多い新宗教であ る。
これらは、数ある新宗教のうちのごく一部にすぎない。『新宗教事典』に は、300余りの新宗教教団がリスト・アップされているが、これもある程度研 究がなされつつある教団の数であり、存在さえほとんと知られていない運動や 教団がまだ数多くある。

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ご本尊さま給仕の初水

ご本尊さま、お宗祖さま、ご先祖様に受け取ってもらえる善根功徳の話の一環として、お運びで講師の方からご本尊さまへの初水の給仕の仕方の話がありました。

善根功徳を自分がしているつもりでも、ご本尊さま、お宗祖さま、ご先祖様そして社会や人々が受け取ってくれない善根功徳があるので注意してほしい。
受け取ってもらえる善根功徳をしてほしい。

(このお話を聞いて、洗面手洗いとお給仕の初水の疑問が解けました。
ご本尊さまお給仕の初水

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