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21年6月の感謝祭での宗務総長の話

奈良県五條市如意寺の6月の感謝祭に参加して、宗務総長の話を聞いてきました。
この方は、現管長様のように本を書いておられませんので、法話は大変貴重なものです。
6月の感謝祭で聞いた法話の内容です。
一部聞きづらいところは「………」で表記しています。
ご勘弁下さい。

法話内容の項目はブログ者が勝手につけたものです。
以前の法話は、リンクしていませんので、カテゴリーから探してください。

(編集項目)
1前言(空梅雨、ブツジョ(仏女)、レツジョ(歴女))
2 今月のお言葉の法話
(1) お言葉の内容
(2) 願うだけでは不十分、幸せは真心から生まれます。
(3) 生み出すとは、鐘の音と拍手のたとえ
(4) 因と縁が出合って果が生じる
(5) 果は弁天さまのお働き
(6) お言葉集成の中の火事になったお寿司屋さんの話
(7) お寿司屋さんを救うためのお宗祖さまの祈り
(8) 縁が生まれてくるような動きをすること
(9) 動く方向を間違えてはいけない。
(10) 榎木が芽を出す縁の話
(11) 因があっても縁がないと果は生じない。
(12) 方向を定めるべきだ。その方向とは
(13) 信仰の世界は10聞いて1できる人の方助かる。

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ご宗祖さまの物語(2)

都島教区便り平成21年5月号に「ご宗祖さまの物語(2)」と題して教区長優谷壽男さんの記事がありました。
ご宗祖さまの物語(1) に引き続き参考になりますので転記させてもらいました。

カテゴリーは「講師の回想」に入れます。
優谷教区長はお運び研席の教使でした。
ご宗祖さま物語は、宗祖伝の原稿からのお話ではないかと思い、従って教区便りの記事を転記することにしました。
ご母堂様が子連れで家出をされた時の、川の渡し場の状況等が詳しく書かれているように思います。

ご宗祖さまの物語(2)
江戸時代から明治にかけて飯貝や上市は、人の往来がかなりあってようだ。
上市の町の中を通る旧街道は、「南伊勢街道」と呼ばれており、立野から山路に入り、竜門、三茶屋、鷲家を通り高見峠を越えて松阪に向かう。
お伊勢さん参りの人達で賑わっていたそうで、紀州の殿様が参勤交代で江戸を往復する径路でもあった。
東海方面から吉野山の花見、金峰山寺や大峰山に参詣する人達は逆に高見峠を越えて立野にでる。
ここで桜の渡しをわたり、飯貝の里を抜けて、吉野山への登り坂にさしかかるのである。
この賑わいの中で吉井家の商いも繁盛していたものと思われる。
日露戦争に勝利した明治38年以来殖産政策が強化され工業化が進み、絹織物製品の輸出が伸びた。
吉野地方でも、この波に乗って養蚕が奨励された。
父重吉は推されて養蚕組合の理事長を務めていたが、清子が4歳になった大正元年は害虫の発生で、桑の葉が不作であったため、その買いつけに理事長として日夜奔走していたのであった。
当然養蚕農家の間で桑の葉の取り合いが激化しており、売買の仲介をする仲買人も暗躍していた。
そんな仲買人の1人が重吉の留守中に吉井家を訪れ、言葉巧みにすえを騙して、重吉が苦労して結んだ桑の葉の買いつけ契約を解約させてしまったのである。
帰ってきた重吉は烈火の如く怒り「離婚だ」と叫んだ。
普段からしっくりいっていなかった姑のたつは、何の口添えもしてくれなかった。
その日の夜更け、すえは3人の子を連れて家を出た。
前の年に生まれた節子を背中に負い、6歳の勳と4歳の清子の手を引いて、とにかく飯貝から出ようと決心して、桜の渡しまできた。
夜なので船が納められた渡しの小屋は閉まっていたが、川の水が少ない時期なので、現れた中州を利用して板を2枚渡しただけの簡単な橋が架けられていた。
2人の子の手を引いてバランスをとりながら踏み外さないように、そろりそろりと進みながら、足の下の速い流れを見ているうちに、みんなが身を投じたら楽に死ねるだろうという考えが頭をよぎった。
そうだそうしようと思ったとき、仏さまの「死ぬな」という声が聞こえた。
驚いたすえは、子供たちの手をしっかりと握りなおして橋を渡りきり、上市の知人の家を頼っていった。
この頃、この辺りで吉野川を渡るには橋はなく、「三渡し」と呼ばれる3つの渡し場だけだった。
上流から桜の渡し(現在飯貝の桜橋)、柳の渡し(現在六田の美吉野橋)、椿の渡し(現在越部の椿橋)である。
桜の渡しは、飯貝の里の本善寺の前にあり、増水のとき以外は中洲が現れるので、これを利用した簡単な橋が架けられていたということである。
渡しの営業と両立するぐらいだから、しっかりした橋ではなく、電柱ほどの丸太を2つに割り並べた程度のものだったろうと想像している。
上流にダムがなかった当時、増水によって、年に1度や2度流されていたということなので手間をかけた作りではなかったはずだ。
子供や若者が荷物を待たずに渡るくらいのものだった。
大きな荷物とか、旦那衆、女性にお年寄りは渡し船を利用したのだ。
しかし夜は、船が小屋に納められている。
朝まで待てないすえは、速い流れに恐怖を抱きながら、月明かりを頼りに、ゆっくりゆっくりこの丸木橋を渡ったことであろう。
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日々のお言葉9「じっとしていて何が救われますか」 宗務総長

21年6月15日感謝祭での宗務総長のお言葉9についての話
(宗務総長のお言葉と日々のお言葉がダブった場合は、。各カテゴリーから検索できるように、日々のお言葉を再投稿することにしました)

さて、今月いただきました宗祖さまのお言葉は、9番目で、「じっとしていて何が救われますか」こういうお言葉です。

じっとしていて何が救われますか。
このお言葉につきまして私の思いますところをお話いたしたいと思います。
さて、じっとしていて何が救われますか。
お救い、あるいは幸せとか喜びとか。
私たちが本当に手にしたいと思うことがあります。
で、それらを願うのですけれども、ただ願っただけでどこからかやってくるのだ。
そもそも、お救いとか、喜びとか。どこからか飛来してくるのか?
これはそうではないのだ。そうではない。

(編集項目)
(1) 願うだけでは不十分、幸せは真心から生まれます。
(2) 生み出すとは、鐘の音と拍手のたとえ
(3) 因と縁が出合って果が生じる
(4) 果は弁天さまのお働き
(5) お言葉集成の中の火事になったお寿司屋さんの話
(6) お寿司屋さんを救うためのお宗祖さまの祈り
(7) 縁が生まれてくるような動きをすること
(8) 動く方向を間違えてはいけない。
(9) 榎木が芽を出す縁の話
(10) 因があっても縁がないとかは生じない。
(11) 方向を定めるべきだ。その方向とは
(12) 信仰の世界は10聞いて1できる人の方助かる。

リンク
お言葉9 教区便り
お言葉9 水の章から

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故梅木先生回想録95b

御所教会の機関紙「幸真」昭和21年6月1日号から頂きました。
(実は収録教区便りの回想録番号がダブっていますので修正していましたが、私が混乱しました。
私も枝番号を付けてダブらせることにしました。回想録番号を95aと95bにして投稿します。)

お宗祖様のお話では、故梅木先生は弁天さまがお前に2人の弟子を与えてやると言われ、与えられたお弟子さんの1人です。

故梅木先生回想録95aからの続きです。
回想録80に戻ります。

弁天さまからいただく薬の仕事ともなくなってきた。
店舗だけで暮らすには少し先が暗い気もする。
それでご神示を受けた。
「新しいことをやらない方がよい。それよりもあなたは因縁が深いから、少しでもこの霊地へ足運びをしなさい。そして因縁のとれるのを待ちましょう」
新しいことに手をつけるなとお告げを受けた。
このままじっとしていられないので、お伺いしたが新規の計画をするなということだ。
「そうだ私は知恵を出してはいけないのだ。それを忘れていた」
それから暇さえあればお詣りして、霊地の土を踏んだ。
一家の幸せがいつまでも続いて欲しい、そんな願いでお詣りをした。
その後も、尊女から弁天講支部作りのお話があった。
「人の世話をするのはいやだ」骨身に沁みてそう思った。
一家の経済を守ろう。それが一番幸せなのだ。
尊女は何故支部造りをおすすめになるのだろうと思った。
「支部を造り、信者の世話をするのは、因縁解きの徳を積むのです。
先生は徳を積まねば、因縁は切れません。
今までの先生は、自分が偉いから、人のため社会のために尽くすのだと思っていたでしょう。
これがそもそも間違いだったのです。
今度は自分が偉いから人の世話をするのじゃありません。
因縁が深いから、因縁解きのために支部を作るのです」
ある日、尊女はこのようにお諭しされた。
自分が偉いから人の世話をするのじゃない。徳がないから徳を積むのだと。
全くそうかもしれない。
恥ずかしい話だが、私は私の偉さを自負してきた。
このうぬぼれが人のために働いたのだ。
これが因縁の報いの、ただ働きをしたに過ぎなかったのだ。
だから惨めな結果になったのだ。
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故梅木先生回想録95a

御所教会の機関紙「幸真」昭和21年5月1日号から頂きました。
(実は、収録教区便りの回想録番号がダブっていますので修正していましたが、私が混乱しました。
私も枝番号を付けてダブらせることにしました。回想録番号を95aと95bにして投稿します。)

お宗祖様のお話では、故梅木先生は弁天さまがお前に2人の弟子を与えてやると言われ、与えられたお弟子さんの1人です。

故梅木先生回想録94からの続きです。
回想録80に戻ります。

辯天さまにこんなに思って頂くなんて本当に果報者だと思った。
信者一番の特を受ける?
本当にそうなるのだろうか、いや、それは分からない。
尊女は私を勇気づけ、元気つけてくださったのだ。
でも辯天さまが嘘や、お追しょうをおっしゃることはない。
本当にそうなるのかもしれない。
でもこれから、それだけの徳を積んでの上のことだ。
徳もないのに、そのお言葉だけを鵜呑みにし、あてにしてはならないのだ。
お言葉だけでも有り難いことだ。
その時、井戸水の中の蛇のお話を申し上げてお尋ねした。
「これは宇賀神将さんです。宇賀神将さんは辯天さまと一体の方です。
だから、辯天さまが宇賀神将のお姿になって『助けてやるぞ』とお知らせになったのです。
あなたの一筋に縋る心が不憫で、お知らせになったのです」
1人の角帽をきた小太りの大学生が玄関で靴を履いていた。この大学生に駆け寄った婦人は一生懸命訴えていた。
やがて大学生は靴を脱いで再び玄関の奥へ入った。
まもなく出てきた大学生はご神示を受ける番号札を1枚持っていた。
例の婦人に渡すと軽く会釈をして表門の方へ出ていった。
先ほどまで泣き顔になって訴えていたご婦人は、ケロリとしてみんなの顔を見て笑っていた。
「私の子供と、ここのボンとは友達だからいつでも札は貰える」と付近の人々に聞こえよがしに話をしていた。
「うむ、うまくやったな」
羨ましそうに言っている人もあった。
これはみんなの気持ちだろう。
「あれが辯天さまのボンだったのね。お母さまに似てふくよかに肥っていられますね」
妻も頼もしそうに、この福相の辯天さまの坊を、見送っていた。
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清世効を貼って手術を逃れた

某教区便りに病気の体験談がありましたので転記しました。
某支部 KMさんの体験談です。

皆さんこんにちは、昨年妻が入院している時に、私の腰の具合が悪くなり、レントゲンを撮ってもらいました。
古い木が枯れて軸だけ残っているような骨が写っています。
先生から「紹介状を書きますから、他で手術してください」といわれました。
私は手術をしたくないので、どうしたものかと思っていますと
その夜、お宗祖様が夢の中においでになり「Mさん、ガンでも治せる『清世効』があるのですよ。しっかり貼りなさい」と仰ってくださいました。
そして清世効を股関節に貼らして頂くと、30分くらいすると血流がよくなり、カイロを入れたくらいにホコホコと足も気持ちよく、痛みもなくなり、おかげで手術をしなくて済みました。
教会長さまはじめ、皆様に大変ご心配をかけましたが、今の私の気持ちは、桜の花が満開に咲いている季節そのもので晴れ晴れとした気持ちで一杯です。
手を合わす心 伝えて歩む道
わが人生に悔いはなし
ご本尊さま、宗祖さま有り難うございました。

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by nohara4241 | 2009-06-14 12:24 | 体験談