お言葉17 茨木教区だより

平成22年2月のお言葉17「濁っている根本を清めて来なければ、自分は澄んできません」

平成22年1月15日の茨城教区便りから頂きました。
この教区の日々のお言葉は創作です。善いことが書いてありますので、毎月読んで、他の教区便りの日々のお言葉と比較しています。

アメリカの航空機でテロを未然に防ぐことが出来たというニュースがありました。
ホッとするニュースではありますが、何故こういうことが絶えることなく続くのかと思います。
実際人間の存在がこの世にあらわれて以来、争いがどこかで行われています。
報復に報復、恨みがさらに新たな恨みを重ねていて、一体元はなんだったか?分からないくらいになっています。
先日捕鯨関係の意見の相違で、日本と環境保護団体のオーストラリアの船との衝突騒ぎもあり互いに自分の主義主張をしています。
ほとんどすべての争いに見るのは、自分が悪くなくて相手が悪いからこういう事態に陥ったという主張です。
以前ガンジーの記念公園で見たものに、世界の大きな宗教のシンボルがすべて置かれて、周りに花が飾られていました。
彼は宗教や人種を超えて、世界の人々が仲良く争いをしない事をねがっていました。
すべてを受け入れて尊敬し、すべてを愛する姿勢を貫き、様々な悪の根本は自分自身の心から発している。
相手が悪いのではないという思いを持ち続けていました。
そこに今回のお言葉が示すことと重なるように感じます。

濁っている根本は自分の心では?!と。
その自分の心を先ず清めるために、善根功徳を積み、又感謝のここをを忘れることなく、神仏を祀り、世のため、人のために何か手伝いができることがあればさせていただく、目上の人や親への孝を積む等私達の心を清らかにできることを、まず自分の方から求めて探して、一歩踏み出そうと教えてくれたいます。

お言葉17 教区便りにリンクしています。
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