何のために信仰しているの その2

何のために信仰しているの その2

何のために信仰しているの その1の続きです。

年1回基準の教区感謝祭を3回も開くのですから、熱心な教区です。
平成21年9月15日号の南河内教区便りにM教区長の講話が載っていましたので転記しました。
お話が長いので2分しました。

(てにをはを私なりに修正してあります)
(項目は教区便りについていましたが一部変更しました。)
その1(前回分です)
1 悩み苦しみの解決が信仰の原点です(教区便り=何のために信仰している)
2 腰痛に効く畳作りの黄色い紐のお蔭(教区便り:宗祖さまの腰の紐)
3 お蔭を忘れずに何時までも報恩感謝の信心をする(教区便り:おかげを感謝し信仰を更に)
その2(本回分)
4 「私おらんかったやろ」の声が胸の中で響いた
5 本宗の弁天様は
6 実家は因縁の深い家
7 来し方を省みて
8 私の信仰のあり方(教区便り:弁天宗信者としての活動)

4 「私おらんかったやろ」の声が胸の中で響いた

4年ほど前の秋、竹生島に行ってきました。
偶然重なって琵琶湖の北の方にあるマキノプリンスホテルの割引券があったので行きました。
ところがマキノにつくと雨になりまして、初日は比叡山に行って、翌日は静ケ岳の方に行こうと思っていたのですが、一寸行きにくいと思っていたら、ホテルの前に桟橋があって、あれはなにと聞きますと竹生島に船が出ますが予約制で普通はないが、たまたま明日はマキノ町の行事で「歩けの会」があって迎えの船が来ていますと、それに乗りたいと切符を買いました。
翌日は小雨でしたが3大弁才天と言われている竹生島へ1度行ってみたいと思っていたので、念願かなって言ってきました。
素晴らしいところで心が洗われる思いがしました。
良かったなと思って帰ったのですがとはいいつつ、大和本部(現在の奈良県五条市如意寺のこと)とか冥応寺の本殿(如意寺は本堂といいます)に座ってお祈りをして心がスーッと落ち着くような気分、弁天様の膝元にいて安心というのは感じなかったのです。
結局のところ、観光地なんかなあというような思いをもって帰ってきました。
そんなときに言葉が胸にポンと響いてきたのです。
『わたしおらんかったやろ』とびっくりしました。
それを聞かせるためにわざわざホテルの割引券を与えて雨を降らせてマキノ町の「歩けの会」の船を用意して「行っておいで」と行って来たのです。
それで何を悟ったかというと「竹生島には、私はおらんかったやろ」と(ご宗祖様の声を)聞きました。
本当に涙が出るほどびっくりしました。




5 本宗の弁天様は

弁天様は全国に居られますが、私達の弁天様は余所の弁天様と違いは4つあります。
水の章のテキストの1番前に書いてあるのですが、
1つは、起源が違う。私達の弁天様は宇宙が出来た時からいらっしゃる。
2つ目は、ご誓願が違う、あらゆることをお聞き届けになるのが私達の弁才天女尊である。
3つ目は、教理がある。水の心を心とせよと教えの体系がある。
4つ目は、お働きが違う。ご本尊の弁才天様は一生懸命お働きいただいている。
ご宗祖様も働いていただいている。
15童子さまも働いているというお働きが他の弁天様とは違います。
私は竹生島に行って、1信者としたら、もう一つ違いがあるやろうと思います。
宗団として、ご宗祖様ありきですから、わざわざそれをお伺いしませんけれど、1信者としましては重大な事で私は5つの違いと思っています。
昔若い時に読んだ本で1つだけ誰が書いた事で、どういう趣旨か忘れましたが、宗教の事を書いておられまして「宗教の耐用年数、数千年」と書いてあるのを見た覚えがあります。
で、何やろうと思いながら千年単位で盛んになったり衰えたりすると書いてあって、ちょっと驚きました。
要するに長い期間教えが広められて行って、ご利益が伝わってくる。
私達の弁天宗は、高々75年、しかも天啓があった場所が大和五條の野原の里で、海の向こうでもなく、地球の裏側でもなく、ここから無理して行けば歩ける距離です。(1日かかるのではないでしょうかブログ者)
そこでわずか75年前に天啓があった。
そのことを思い起こしたいと思います。
75年祭がおわったからゴールではなくて75年祭がスタートだという考えを持っていただきたい。

6 実家は因縁の深い家

私のMという家は因縁が深いのです。
母親がご宗祖様の前に行ったら「あんたの顔を見たら因縁の事を言わんかんなぁ、頑張りや」といわれました。
Mの家は鳥取で嫁に来て、姑さんと同居して家に仏壇があるのですけれど、花を何時供えたのか、柴になっているのです。
お茶は下にこびりついている。
(嫁に来た母が)お母さんに何でこんな状態か聞くと仏壇を見て「こんなもの飾りだがなぁ」と言って怒られた。
そんな家なのです。縁が薄いのです。
M一族のどの家もうまくいってないのです。
貧乏だったり、病気があったり、因縁があって大変です。
それで私はどうかというと、幸いに私には出来過ぎの奥さんに恵まれて、子供も3人授かって仕事も順調にさせてもらって、今は何の不足もない幸せだす。
けれども、この幸せは紙一重、バランスを崩すととんでもない事になるという実例がM一族を見るとなんぼでもあります。
我が家は大丈夫、その差は信仰しか無いんです。
こういうことでいつも守っていただいている信仰の原点を忘れないで、常にご宗祖様やったらどうするやろうかという所まで戻って、御教えをその都度点検することが大切です。
お蔭をいただいて終りでは余りにも寂しいです。
教えで生活を整える、その中で救われてゆく道筋をはっきりと自分も子供にも人に示して行きたいなとと思っています。

7 来し方を省みて

最後にささやかな体験談ですが、2年前に長年勤めていた職場を定年退職したことの話です。
3月末、身分が一番敏感になっていた時でした。
実は家を建て替えまして、今から言いますと7年前に新築しまして、田舎なのでムカデや蛇まで入ってきまして、道路も近くに来ましたので「高気密・高断熱の家」というのにしました。
その効果として家の中に虫が入ってこないのです。
ある日、トイレに行きますと小さな蜘蛛が巣をつくっております。
きれいな巣を一生懸命作っております。
おいおいお前頑張って作っているけど無駄やで、餌になる虫は入ってこない。
お前は来たけど次に虫は入ってこない。
そんなん作ってもあかんやろうと思いました。
きれいな巣を作りましたのでそのまま置いておきましたが、そのうち見えなくなりました。
きっと飢えて落ちて掃除機に吸われたんやと思います。
それが3月31日に退職の辞令をもらって最初の日曜日に奥さんを買い物に連れて行って、月曜日の朝に用事があって車を開けたら、又違う蜘蛛が運転席の枕のところから後ろのシートの枕のところまで橋のような巣を作っているのです。
おいおいたまたま今日は扉を開けたけど、今度の土曜日まで閉めたままやでと思ったんです。
無駄な事をするなぁ、徒労に終わるよ、意義のない事をやっとるなと、私は弁天さんから通信のある時、鈍感ですから1回で悟ればいいのに2回通信があって、その場面を見て、あぁと感じる事があったのです。
それは一生懸命ね、最高の技術で持てる力の限りを尽くしてやっていると思います。
生きている目的をそれで達成しようとしているのでしょうか、凄いなぁと思って、ハッと気がついたのは「俺はどうなんや」と退職して敏感な時だったのですから思いました。
蜘蛛が意義のない人生を送ってきまして、色んな事をしてきましたのを神さまから見たらどうなんやろうと、無駄な人生とみているのと違うやろうかね、蜘蛛に対する人間の視座と神さまの視座、神さまから見た長年の私が勤めてきた人生っていったいどう見えるのかと思いました。
私も頑張って生きてきました。
人の迷惑にならず職場では頼りにされましてね、それなりに貢献してきました。
家庭では妻を大事にし、子供達も大きくしてきました。
親孝行もしたつもりですし、この人生を誇りに思う? そんなん考えてないですよ。
多分誇りに思えるだろうという人生をやったつもりです
でも神さまから見たら果たしてそれでよかったんかと。
結論を言いますと暫く悩んだんですが、色々な事があってどこかで判断して行動しているんです。
判断して行動して結果がでる。それの繰り返しです。
1つ1つ判断する時にどういう心でそれをおこなったかという事に私は自信がない。
本当にそれで良かったのか疑問です。
例えば、職場で仕事に適応できない人に転出してもらった事があります。
かなりハードな出方でした。
その際色々な人に意見を聞いたり、本人の人事評価が悪くなることで悩みましたが、結局は転出してもらいました。
その時はそれで良いと思っていたんです。
だけど今から見ますと、それで本当によかったんかと言う疑問です。
組織を守るためにしていた。
結局自分のためにしていた。
その人の将来の事を本当に考えたのかというとそうではない。
転勤した後、その職場に行ってそこの職場の上司に頼んでないのですね、様子を聞きに行ってないのです。
慈悲の心がやっぱり足りなかったなぁという気がします。
これで正しいとか、誰しもがするからこれでいいのや、普通はこれや、正義やから、これやということで物事をおこなってきたのではないだろうか。
果たして、1つ1つの事を、真心、慈悲、善根、感謝、不平を思わない、そんな事を物差しにして1つ1つ行ってきたかというと、自信がない。
しまったと、今は本当に思っています。
2年前に気付いて、死ぬまで後何年か知りませんが、これではいかん。
どのような心で行ったかという事を1つ1つチェックして日々の生活をするということをしないと本当の救いというものはないだろうなぁという気がいたします。
痛みが解消するというのも素晴らしいお蔭です。
でもお蔭を通り越した向こうに本当の救いがある。
人間を玉ねぎに例えると、皮を剥いた1番中の芯の所に信仰の心があって、ここに弁天様がおわしまする。そういう生活をしてゆくという事が非常に大事なことだと思います。
天啓があって教えが伝えられて、こういう話をすることが私にとって凄い奇跡だと思う。
色々整理して言いたかったが、私はそんな事を言える人間ではないので、親族一同、Mの1人1人を見た場合にそんな事を感じる自分はいないはずです。
これをそこまで気づけるということは、天啓があったから、ご宗祖様が生まれて来られたから、弁才天女尊が出現されて活動期に入っておられるからだと思います。

8 私の信仰のあり方(教区便り:弁天宗信者としての活動)

今ここに息をして弁天宗の信者として活動させてもらえる事自体が凄い奇跡のを既にいただいているのだと思います。
この有り難い事がどこまであるのでしょう。学校では教えてくれません。
親もテレビも誰も教えてくれません。唯一弁天様が教えてくださる。
実際に命を救い、病気を治し、色々なお蔭をいただいている。
こんな有り難い弁天さんの信仰を仇や疎かに考えてはご宗祖様に申し訳がない
ご宗祖様からのサインを気づいてエネルギーを出して、自分は一体何をしようという事に力を尽くして行きたいと思います。
ぼやーと、虚ろな顔で見過ごしたらね、何ぼでも見過ごすのです。
2年前まではそうでしたが、今ではそれではいかんと思っています。
天啓ってお運びで聞く通りなのですが、2年前やったら大和のお運びに行ったら小竹先生が「天啓はご宗祖様に与えられたのですが、それだけで無く自分に与えられたと思いなさい」と仰って、ちょっとびっくりしました。
よく考えてみますと、その通りで、最近私はもっと思っているのです。
ご宗祖様が生まれて来られたのは私のために生まれて来られて。
天啓があったのは私のためにあったと思います。
変やけどそういう事やと思います。
信仰かて自分中心でいいんだとと私は思っています。
天啓もご宗祖様も自分のために生まれて来られた。
自分のために教えを投げ与えていただいている。お蔭をいただいている。
そこまで考えて、これから信仰を1歩1歩力強くゆきたいと思っています。
私のいっている事は、私の考えなので、皆さん一緒に考えて自分の信仰は自分で掴まなければいけない。
自分の信仰体験の中から自分の信仰のスタイルを作り上げていただきたい。
力を抜こうと思ったらいくらでも抜けます。
横を向こうと思ったら、勝手詣りをしようと思ったらいくらでもできます。
それではご宗祖様に申し訳ないそういう心だけお伝えできたら幸いだと思います。
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