故梅木先生回想録85

故梅木先生回想録85

御所教会の機関紙幸真昭和20年7月1日号から頂きました。
故梅木弁雄様回想録85

回想録回想84からの続きです。
回想録80に戻ります。

だからこの時も、単身東京物価庁に乗り込んだ。
担当部長に会い、行政の理想を説き、物価行政の誤りを指摘して論戦した。
その結果、私の理論を理解してくれて「貴意に副うて善処する」確約をしてくれた。
その後、雑談に入って「あなたは田舎におるのはおしい人だ。
是非中央政界に出て、日本のために働いてもらいたい」といっていた。
お世辞だと思っても、矢張り悪い気はしなかった。
「この交渉は成功だ」と思ったからである。
その後、物価庁から「個人納付を取り消し、組合に対し業者の総額を通知するから、これを業者に適当に割り当て徴収して欲しい」という通知が来た。
その総額は、業者各戸に来た告知書の総額からみると10分の1に減らされていた。
私は心で万歳を唱えた。
早速役員会並びに総会を相次いで開き、物価庁の報告と割り当てを協議した。
業者は喜んで承諾してくれた。
殆どの業者は、早速組合へ割当額を納めてくれたので、その都度物価庁へ納めた。
残る業者は承諾しながら、何とか理由をつけ延引したり、また内金しか持ってこなかった。
だから纏まったお金が集まらないので、纏まるまで一時組合で保管していた。
組合は組合業者の賦課(ふか)金によって経費を賄っていた。
業者は勝手なもので、業者個人が必要な時は組合、組合というが、どうにか商売が成り立っていると、組合無用論を唱えたりする。
だから賦課金を唱えたりする。
だから賦課金を納めない者もでてくる。こんな事で組合を維持することが出来なかった。
職員の給料も払えなかったので、一時預かった差益金などを流用した。
こんな事などがあって、私は組合をこれ以上続けて行けないので辞めることにした。
人の心は実に冷たい。
100数10軒の組合業者の殆どが無資格者だった。
これを県庁と折衝して合法的資格を与えるよう努力して、造った店舗ばかりである。
その当時は泣かんばかりに喜んでくれた人たちも、2年3年経ってくると「お前なんかの世話になったのか」という顔をして、組合をないがしろにしている。
だから人の心が情けなくなって。組合を辞めることにした。

回想録回想86へ続きます。
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by nohara4241 | 2008-07-22 23:31 | 講師の回想