故梅木先生回想録84

故梅木先生回想録84

御所教会の機関紙幸真昭和20年6月1日号から頂きました。
故梅木弁雄様回想録 84

回想録回想83からの続きです。
回想録80に戻ります。

私は、偉い先生ではない。でも信仰一筋生きられたのは尊女と妻のお陰である。
妻の姿はまた、日本の妻の姿ではないかと思う。表面堂々と活躍する男族。
これは妻族の変身であるとも言えるのではないか。
ことに弁天宗信者の共通した姿を代弁してるのが妻ではないか。
そう思って智辯尊女に続く健気な信者妻を妻に求めて書き続けている。
敢えて厚顔を謝す。合掌

因縁は恐ろしいもの。その1つ1つを知らして頂いた。
先祖の仏様の障り恐ろしいものだが、現世で積んだ因縁の報いもまた恐ろしい。
ここにまた、現世の因縁に苦しみ、お諭しを頂いて救われたことを懺悔しよう。
子供の問題が片づいてまもなくのこと、以前、私が専務理事をしていた某卸商業組合の理事長が、大阪物価局の事務官と私の家を訪ねてきた。
それは物価差益金の問題だった。
私が組合に在任中、商品の丸公価格の値上げが行われた。
物価庁から、業者各戸に値上げによる差益金を納付せよと言う納付告知書が舞い込んだ。
見れば相当な金額だ。驚いた業者は、組合に押しかけた。
不当な差益金の決定だ。何とかならないかと泣きついた。
通知金額は在庫商品の実績から見て無理からぬ決定額であったが、在庫品すべてが売りきれるものではない。
売れない商品も相当在庫しているわけで、これを直ちに売れるものとして、価格査定をしたところに、事務官僚の机上行政があった。
業者の歎くのも無理からぬことだった。私は組合のために起たざるをえなかった。
私は元社会党に属し、大衆の利益を守るために、いろいろ活動してきた。
町民集会の決議で税務署長と交渉したこともあった。
ある時は業者の商権確保のため、知事や部長と折衝したこともあった。
しかし、団体で押しかけて相手に威圧をかけることはしなかった。
私という人間の持つ実力を持って、相手と対面し、私の持つ論理をもって、相手を説服せしめることだった。

回想録回想85へ続きます。
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by nohara4241 | 2008-07-12 22:17 | 講師の回想