お経の唱え方

お経の唱え方

1 ある講師の指導

拍子木を叩く係の方を除いて、お勤めで弁才天礼拝経を上げる時は、教本を読みながら上げてくださいといわれました。持ち方からご指導下さいました。
葬式の時にお坊さんが経本を持ちお唱えするが、間違って死者に対する礼を失しないようにしているとの事でした。




2 指導の考察

只、闇雲に経本を持ってお唱えしてくださいと言われても、寸足らずのお話しだと思いました。
感謝祭の前後のお勤めは儀式です。
ご本尊さまに1ヵ月の報恩感謝の心を捧げる特別な儀式ですからお経本を持って上げてくださいと言われるのならなるほどと思いますが、実はこれも無理がありますね。
本部の感謝祭で経本を持って上げることを指導してなく、参加している皆さんが殆ど経本なしでお勤めをされています。
それは全部暗記しているからです。
教本を読むことは悪いことではありません。
しかし持って読めと本部がいっていないのに、自分お考えで、この様な、中途半端な思いつきを指導するようでは、いつまで経っても、信仰は進行しませんね。
信者の信仰も行き当たりばったりです。

お勤め(勤行)というか、お経を唱える事にもTPO(時(time)、所(place)、場合(occasion)に)に応じた柔軟な考え方ができていないからこういうことをいわれるのだと思います。

私はお経のお唱え方を区分すると、
① 儀式行事感謝祭でのお勤めと朝夕のお勤め、
② 悩みごとがあり100卷心経を上げる時の経の唱え方、お百度を踏む時の経の唱え方、
③ お本部に立ち寄ってご本尊さまにご挨拶をする時の唱え方の3つにパターンを分けることができると思います。

3 儀式行事感謝祭でのお勤め、朝夕のお勤め

これは、礼拝経法話での指導されている、拍子木の叩き方、鐘の叩き方、木魚の叩き方に従って、しっかり拍子木、鐘、木魚を叩いてしっかり声を出してお経を唱えお勤めをすべきであると思っています。
この場合、経本を持って唱えるより拍子木等を叩くこと、大きな声を出して唱える事が優先です。
本部の感謝祭等で経本を持つことを指導していない以上、経本を持ちたい人は持ち、持ちたくない人は持たないでよいのです。
ある講師は自宅での朝夕のお勤めで拍子木、鐘、木魚の3つを叩いてお勤めします。
できるのですよ言われました。
この拍子木等を叩くには、事前に準備動作を要し、何処で、幾つ叩く、叩き終わったら拍子木等をどの様にするということまで入りますね。
凡人の私には、後先考えながらやるので、とてもお経に集中して無心になって上げることはできません。
拍子木等を叩く事に一生懸命です。
私は拍子木等鳴り物を正しく叩く、大きな声でするお勤めが、心は無心にならなくても最上のお勤めであると確信しています。
お言葉集でお宗祖様は(感謝祭等では)大きな声で上げてください。
弁天様は大きな声でお経を上げられることがお好きですと仰っています。

4 感謝祭での管長様のご指導

お経は、経本を見て上げてください。
書いてある意味を良く理解して上げてください。
間違ったお経をご本尊さまに上げないこと。
ちょっとした偶然でお経を忘れるかもしてないので礼を失しないように常に経本を見ながら唱えると言われました。
これはお彼岸・お盆の法要の時のお話しです。
観音経は暗記できないので皆さん経本を手に観音経をお唱えされます。
何も経本を持ってお唱えすることが恥ずかしい事はありません。
それより(暗記できない難しいお経を)間違わないで唱えることが大事ですということ、老婆心から言われたと解釈します。
ここでのお話しは経本を持てという強制のお話しではないと思っています。

5 悩みごとがあり100卷心経を上げる時の経の唱え方、お百度を踏む時の経の唱え方

お宗祖様は、お葉集でのお百度の時によく出てきますが、心を無心にして何も考えないでお経をお唱えしなさい。
雑念が入っては(心に頭に浮かんでは)ダメですといわれています。
そのための、額のところに弁天様のお姿をイメージした一心になりなさい。
できなければ祈る対象の病人、災難を受けた人、試験で合格した自分お姿を思い浮かべお経をお唱えしなさいと言われています。
管長様はお宗祖様はご本尊さまの前に座っただけで、般若心経を唱えた途端無心になりご本尊さまのみ心と通じ合ったと言われます。
ここにも経本を持ちなさいということは出てきません。
ここではご本尊さまと一体となる事が主眼で、般若心経(私のお百度はご真言です)の間違いなどは問題ではないのです。
雑念なく如何に無心になれるように唱えるかが重点です。
従って私はお百度の数も関係ないのではないかと思っているのです。

6 お本部に立ち寄ってご本尊さまにご挨拶をする時の唱え方

この場合は絶対に経本を持ちなさいとは言えませんね。
ご本尊さまに、平素の報恩感謝の気持ちをこめて、ご真言をできれば7卷お唱えすればよいのですから。
お母さんただいまと言った感じでしょう。

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