19年宗祖伝2講法話

19年4月21日(土)宗祖伝2講 幼少時代 梅木祥邦講師
(項目編集:ブログ者)
1 お運びで教えて頂いたことを実行する
2 お宗祖様のご苦労と私たちの信仰
3 少年隊大会に参加とご縁を伝える
4 人のために御祈祷していますか。
5 御影祀り
6 先祖供養
7 我の信仰を捨て弁天様の届く信仰
8 お宗祖様のご苦労と心を学ぶ(おことば集成5集から朗読)
9 スエさんが子供を連れて家を出る
10 毘沙門さんのお告げ
11 スエさんの行
12 お宗祖さまの予言(50銭銀貨)
13 この講で学ぶもの




1 お運びで教えて頂いたことを実行する

私たちは運ぶことによって、自分の幸せをい頂くのですよと何時も教えて頂いているわけです。教えて頂いても何時も実行できない。まったく同じことでございますけれども、この大祭も私たちは必ずお参りさせていただく、帰参させて頂く、あらゆるすべての行事に対しても、お参りさせて頂くと言うこと教えて頂いておるわけでございます。
ところが、お運びに行きとうてもいかれへんということもあろうかと思います。しかし、ご本尊さまは閻魔帳にちゃんと出欠を書いて頂いておるのじゃなかろうかなと思うわけでございます。
信仰やっていて、何でこれだけお陰がないのやろうな。あれもしてるこれもしてるのに何でないのやろうなとこういう不足が起こって参ることでございます。
第2講では、お母さんスエさんの心と実行をもう一度話の中に悟って頂きたいと思います。私は毎回話をさせて頂いているわけでございますけれども、お宗祖様の一代記をお話しさせて頂いているのではございません。この一講一講をどんな風に、お宗祖さまが説いて頂いているのだろうかを考えて聞いて頂きたいと思います。今日のおことばは、善根功徳です。嫁姑の問題で何故こんな事が起きてくる。こういうことを今日お話しさせて頂くわけでございます。

2 お宗祖様のご苦労と私たちの信仰

ご宗祖さま、神の魂をもったご宗祖さまである。しかし、それまでには大変な苦労がある。そのことを私たちはどうでしょう。本当に信仰していてどうでしょう。お宗祖様のみ教えを実践しなければなりません。
そういうことでこの大祭にはたくさんの方がお参りされました。これも有り難うございますとお話しさせていただてますが、これは全部自分のためです。弁天様、ご宗祖さまにさせていただくのではない、自分がご宗祖に教えて頂いたみ教えを、私は実践させて頂いているのであると言うことですね。いったてる。やったてるではないんです。皆さんが悟って頂いて素直な気持ちでお参りさせて頂くところにお徳が頂けるのではないでしょうか。

3 少年隊大会に参加とご縁を伝える

それから4月の29日、もう1週間もございますせん。少年隊大会という大きな大会が迫ってきているわけでございます。この大会も私たちが何時も申し上げるわけですが、婦人部大会、青年隊大会、少年隊大会は3年に1編ずつあるわけでございます。しかしそれを、私たちは現在ご本尊との出会いを頂いていることになる。現在幸せを頂いている。いろいろな教えをいただいている。そして私たちが実行することによって、今現在の幸せがあるのです。この幸せを蹴ってしまったら、何が残るのでしょう。お父ちゃんお母ちゃん、お爺ちゃんお婆ちゃんの代ではいいでしょう。しかし子供さんの代では、私たちの幸せは残って行くでしょうか。途中で切れてしまうということですね。切れてしまうということは泥水になると言うことですね。今のままに伝えていきましょうよ。これをご本尊さまに教えて頂いているのです。
少年隊大会の4月29日、1人でも多くの方を、子供さんを、お孫さんをどうか連れて行って頂き、教区が、支部が、本部がお陰をいただくのではありません。信仰の源を切らないと言うこと。これがなければ切れてしますということです。お母ちゃんお婆ちゃんが一生懸命信仰していて、2代目で切れたらどないするのですか。今現在の自分とこの信仰を、長続きさせるということがお宗祖様のいわれる真心の信仰ではございませんか。
18回少年隊大会は、皆さんの願望が結集されまして、地の果てまで届くんや。皆さんがお経をあげたらご本尊さまに届きます。だから助けられているのです。
祈りを世界に届けようと大げさにいっていますが、1人1人がそういう心をもっているならば、少年隊大会の祈りが弁天様に届くのですよ。私たちの心もそうです。一生懸命お祈りすれば、何で祈るのといいますが、自分の心を弁天様に届けようと思って祈るのでしょ。そういうことで言われていますので、まだまだ、余っています。少子化で本部の方もまだ余っていますので、どうかサラスバテホールに詰めて頂きたいということでございますのでよろしくお願いします。

4 人のために御祈祷していますか。

御祈祷、星祭りの時期になり、また申し込もうかやろうかでは、これは自分の欲でやっていることになりますね。御祈祷も、大祭の護摩木もさせてもろうてるが、他人お幸せを祈る。他人のためにさせてもらう事があるであるでしょうか。200円、1000円、3000円の護摩木がございます。これ自分とこ、ばっかりです。どうか、誰それさん幸せになってください。誰それさんの病気を全快してくださいと他人のための護摩木はあるであろうか。この大祭、七夕でも、あの人知っているから護摩木を七夕の短冊を書いて頂こうかですよね。自分とこの支部で他人のために護摩木や短冊を書いているか聞きましたら、自分お家のことで精一杯だそうです。考えてみればそうですね。まず自分が幸せになることが基本ですからそれでよいのでしょうかね。

5 御影祀り

75年祭が後2年や、先祖供養しっかりしましょう。家をしっかり守りましょう。ご分身を祀っている信者さんは御影を祀っています。今本部でいっています御影を祀りましょうということは、導いた方にまず御影を祀ってもらいましょうよと言うことです。御影を祀るのはご分身を頂いてからだという方がいますがそれは間違いです。新しく導いてきた方には、ご分身を祀るより、まずご本尊さまイコールお宗祖様ですから、お宗祖様の御影を祀って頂き、お宗祖様の御影にお祈りをしてたくさんのお陰をもらって頂き、ご分身を祀って頂こうという事なのです。新しい方を導いてきたらその方に祀って頂きましょうと言うことですよ。

6 先祖供養

先祖供養も五條では質問がないですが、茨木では若い人から何で先祖供養するのですか、私ら関係ないと質問があり、十分説明しましたら、納得して頂きました。
何で私たちが先祖供養をしたらお陰をいただくのか。何で今現在こういう生活をして行かなくてはならないのか。私たちは因縁を積んでない。積んでなくても回り回って因縁がついているのです。おことば集成では、ご宗祖さまのご神示を受けに来られたお母さんとお嬢ちゃん見られた。お母さんは信仰がなかった。お宗祖様はお母さんにあんた本当に気の毒ですね。あなた達は何も悪いことをなさっていない。ところがかわいいお嬢ちゃんがこういう病気になるには原因があって病気になるのですよと話されました。ご先祖さんの回向をしっかりしてください。ご先祖の因縁が、このお嬢ちゃんに現れたが、弁天様は助けてあげると仰っています。その代わり3つのことを守ってくださいとお宗祖様は仰っています。
原因があって結果があるのです。調べてください。お爺ちゃんを辿っていくと、鉄砲うちの方がおられた。鉄砲うちでご飯を食べていたのではなく道楽でけものを殺し、殺した動物で剥製を作られていた。動物の供養と鉄砲を撃ったご先祖様を供養してください。そしてお運びに行きなさいと仰った。先祖供養をしっかりしなさいよ。何で先祖供養しなければならないのと言う疑問が湧いてくる。原因があり結果があるから、みんなが幸せになるためにしなさい。弁天様が働いてくださる。弁天様で回向したら早く成仏するのは、弁天様がお働きくださるからでしょう。7日間自宅で塔婆供養をしますね。水の章第1講で弁才天女尊は総祖神と学びました。親神様であらゆる神様を支配なさっている。その有り難い弁天さまだから、地獄畜生界に落ちていても救ってくれと弁天様にすがってくる。弁天様のお力で因縁が消滅し浄化されていくのです。

7 我の信仰を捨て弁天様の届く信仰

我の信仰ではいけないということです。私はよくやっています。私がやっていますという信仰が我の信仰です。ご本尊さまの私の信仰を見て頂きましょう。大祭でもそうでしょう。自分の家の信仰を見て頂きましょう。家族ぐるみで帰ってまいりました。今現在私らはとっても幸せです。ご本尊さま、ご宗祖さま有り難うございましたといってお参りさせて頂く。そうすれば、引き続いて幸せな状態になってくる。

8 お宗祖様のご苦労と心を学ぶ(おことば集成5集から朗読)

第1講で学んで頂いたと思いますけれど、お宗祖様の不思議な、弁天様、清子様の不思議なことを説いて頂いているわけでございます。ここにも、第1講で学んで頂いたと思いますけれども、私も何度もお話ししておりますが、おことば集成を朗読します。
○おことば集成、第5集79私の苦労を糧としての「30年の歴史」から朗読
『私の生い立ちについては、何度もお話ししておりますので、皆さんよくご承知のことと思いますが、私は桜の名所として知られる奈良県の吉野山の麓にある飯貝という小さな村で生まれました.
私は生まれたのは、明治42年4月1日のことですが、家の庭の草花が一斉に咲いたということです。勿論私の記憶にありませんが、「そもそもあれが一番最初の不思議な出来事やった」とは母思い出語りによく話して聞かせてくれたものです。
その後もいろいろ不思議なことを言ったりしたそうですが、20歳で管長様の元へ嫁いで参りましてから数年後のある日、白昼に弁天様の夢を見まして「弁才天のうつしみ(現身)の神となって、悩み苦しむ人を救って行くように」というお告げを頂いたわけです。
(これが即ち、天啓でございますね)
先ほど30年と申しましたのは、この時より今日まで、ただひたすら弁天様を信じ、人助けのために祈り、祈りつづけてきた歳月でございます。
今でこそ、何10万という信者の皆様から「ご宗祖さま、ご宗祖さま」と慕われ敬われて、何一つ不足もなく、毎日結構に暮らさせて頂いておりますが、その30年間、いいえ、私が生まれてから50有余年という長い長い年月を振返って見ますとき、例えようもない深い感慨に胸を突き上げられるような思いがいたします。
苦しかった。つらかった。“何で、私一人がこんな目に遭わんならんのやろう”と泣きたいような思いがしたことも幾度となくありました。本当にわれながら、よくもまあ耐えてこられたもんやと感心するくらい、苦労続きの日々でした。
今でも、その歌が聞こえてくると、自然に目頭が熱くなってしまうのですが、あの有名な茶摘みの歌「夏も近づく88夜……」という童謡には、とても悲しい、私の少女時代の思い出がしみ込んでいるのです。
実は私は小さい頃から、何故か薬剤師に憧れておりまして、薬剤師になることが一つの夢でした。それで、何としてでも薬剤師の資格を持ちたくて、その方面の学校へ行きたい夢を持っていたのです。けれども家には子供に上級の学校へ行かせるほどの余裕はなかったのですね。』
こういうところを読まして頂いて、ご宗祖さまの生まれた4月1日、そして30余年間、私は人助けをして参りました。ところがその中に、苦労、苦労、苦労、私たちはご宗祖さまを頼って行く、しかしご宗祖さまの心、ご苦労を果たして私たちは悟らせて頂いたであろうか。何か困ったらご宗祖さまのとこに行こう。
しかし、ご宗祖さまはどれだけみんなの因縁をもって、苦労されたことを思えば、私は今現在返すべきではないか。これだけご宗祖さまには助けて頂いたのや。30余年間祈って人助けをなさってきた苦労を私たちは1講2講で学ばさせて頂くのです。悟って頂き、お宗祖様がどう歩まれたのか、お母様がどうゆうふうにして行をなさったのかを学ぶのです。宗祖伝24講まで話をしました。これで終わりですでは困りますね。まずご宗祖さまの行と心をしっかり受け取らさせてもらわないといけないですね。

9 スエさんが子供を連れて家を出る

2講に入ります。楢井の毘沙門さん。ご宗祖の幼少時代ということでございます。これも皆様は何回もお運びされている方は、何度も聞いて頂いていると事と思うけど、しかし、また聞くところに、また違う取り方もございますのでね。またお話を聞いて頂きたいと思います。第2講は、何故こういうことを考えて頂きたい。
簡単にお話させて頂くわけですが、実はお父さんの失敗で、お父様重吉さんは檀家の総代、村会議員を務め、地位も名誉もある方だった。欲はあるわけですね。先立つものが欲しい。礼拝経の中にも、分限にあらざるもの乞い求めとなっていますね。今自分の地位はこれだけだ。だから商売もこれだけだ。これ以上もとめようとすると、それは不足になって来るのです。今の現在に満足して幸せやと感謝して生活すればよろしい。それ以上はあなたは失敗しますよと教えて頂いていますね。
そういうこと重吉さんが村会議員もなさって地位も名誉もある。そこで商売に誘われました。そうかと言って商売はへたくそですね。頭がようて村会議員をなさっていますが、商売は違いますね。それでも蚕飼いをなさった。うまいこと行かない。お母さんのスエさんが、どこの家でもうまく行かなくなると喧嘩が起こります。歯車が合わなくなります。こないな商売するから、家がこうなってのよ。どないするんといことになる。すると夫の重吉さんは腹が立つ、妻でありながらなんと言うことを言う。私の商売に口をだしやがって、生意気なこといいやがる、出て行けとなったのです。お姑のタズさんも、世間を知っておられない。普通通り息子をかばい、自分の息子が商売で失敗したら、助けてやらないといけないと、タズさんは、余計にスエさんをいびったんですね。お前みたいな、農家に娘で、罵声を浴びせ、スエさんを責めたのです。
嫁姑の関係は、現在も変っていないですね。私に、よく先生うちの息子に嫁さんを世話してよと誰でも仰るのです。ところが、嫁をもらうと、欲しいときは世話を願っていながら、嫁をもろうたら、今度は嫁さんに当たる。何でこんな状態になるかというと、そのお母さんが、手塩にかけてきた息子を嫁にとられた。嫁が憎いと言って、スエさんに姑根性を出しんですね。
出て行けと言われ、一度出て行けばうちの敷居をまたいだらあかんぞ。帰ってくるなといわれる。スエさんは、こんな家におっても仕方がないということになり出て行きます。
吉野川で自殺しようとすると、子供を3人連れて行きました。そこで天の声が聞こえてきます。死んだらあかんという声が聞こえくるので、振返ってみると誰もいない。声は聞こえてくる。家には帰れず、スエさんの友達のところに行き、実情を話してお世話になるのです。その友達がスエさんそんなに困っているのなら、私の知合いでよう当たる毘沙門さんに一度行ったらと勧めてくれたのです。

10 毘沙門さんのお告げ

楢井は飯貝から吉野川の上流5キロくらい上流になりますね。そこの毘沙門様にスエさんは行かれ拝んでおられた。そこで、拝屋さんが
「今、ここの集まっているものの中の、子供3人連れたおなごに告げる。名前はささない。しかし、お前の連れている3人のこの中に、1人、神の魂を抱いた子がいるぞ。やがては、人を助け、世を救い、神としてあがめられるようになるぞ。そのおなごにいう。辛抱せよ。辛抱せよ。どんなつらいことがっても、今の家を出たはならぬぞ。その子をよう育てるがよいぞ。善根を積めよ、功徳を重ねよ。死んだつもりで功徳を積めよ。やがてはお前も何不自由ない暮らしとなるぞ。人の上に座って、人に立てられる身の上になるぞ。日本国中の名所古蹟を、世の人の好意で見物してまわれる身の上になるぞ。世の常の人が、立ち入ることの出来ない所へ入ることもできるようになるぞ。ゆめゆめ疑うな。辛抱せよ。辛抱せよ」と毘沙門さんの拝屋さんからお告げがあったのです。(テキストから)

11 スエさんの行

真心をもって善根功徳を積んで行きなさい。そうすれば夫の重吉さん、オバアさんのタズさんが分かってくれる。
まず低い心になりなさい。相手について行くのです。
相手に合わせるのです。そうすればあなたが幸せになって行くのです。
基本は、まこころです。善根功徳です。
これを忘れたらあなたは一生不幸になって行きますよと毘沙門さんに言われたのです。
スエさんはその通りさせて頂きますと言われて、家に帰られたのです。
(上記は、創作ですね。他の講師はこういうこと話しておられません。講師の回想でお宗祖さま物語(3)をお読みください)
家では一旦でていったのだろう。
何故帰ってくるのだと言われても、スエさんは低い心で、頭を下げて、家においてください。
私が悪うございました。ご主人さん私本当にご主人さん仕事をかもうて悪うございました。
お許しくださいませというって、相手も分かってくれたのです。そこで重吉さんはきついことを言ってすまなかったなといって、また仲良くなって行かれたのです。
3人の子供を連れて自殺ようと思ったが毘沙門さんから言われた死んだつもりになって功徳を積みなさい。死んだつもりでこの子達を育てなさい。
死んだつもりになればなんでもできるやろ。信仰も、商売も、何でもその通りですね。
死んだつもりでやったろうとなればできるのですね。少年隊大会もどうか孫、ひ孫を連れて行こうかといって参加すれば、必ずご本尊さまが幸せにしてくれます。守ってやろうと仰ってくださるのです。ほんまに。
ここでは、低い心、真心をもって尽くして行きましょうと言っているのです。真心がないから相手に通じて行かないのですね。
真心をもって、何をいわれてもいい。どないに言われてもいいと思う手やらさせて頂く。
そうすると相手が分かってくれるということです。自分が変るから相手が変るのですね。自分が変らんと相手が変らん変らんと言っている。
皆さんお運びに24回も48回もきてますが、自分が変って行かなければならないのですよ。自分が変らない状態であれば、お運びに来ている甲斐がないのですよ。
お運び行ってお話を聞いて、持っている我が取れて行くのですよ。お運びで教わったことを実行していって、はじめて幸せになった。お運びに参加して、実行できたから。真心出尽くせるようになったから、辛抱出来るようになったから、今のように幸せにならさせて頂いたのだ。ああお運びに参加してよかったなとなるのですよ。
お運びの1回から変って行けば有り難いことです。
以前お運びで研席がありましたね。研席がなくなる頃の話です。
先生おおきに、今まで研席まで来たけれどいっこも手を合わす気持ちになれんだったのや。
最後になってな、手を合わせる心になれたんや。ありがとうよというのです。
それを聞いて一番うれしかった。私たちは、変って行かなければならないのです。
この2講で、スエさんが、私が悪うございましたと言って、自分を変えて行きます。
それで、夫婦仲が、嫁姑仲がよくなって行くのです。

12 お宗祖さまの予言(50銭銀貨)

親子そろって、桜の花見を兼ねて吉野神宮にお参りに行ってこいよと仲良くなったタズさんに言われます。露店の中で子供に欲しいものを買ってやっていましたが、帰る頃になって、お婆さんに土産を買おうと思ったときに、スエさんは財布をなくしたことに気づかれます。一生懸命探しますが見つかりません。帰りの電車賃はない。お金なくして仲良くなった姑さんに怒られる困ったな、知合いは居ないかと探すが誰もいない。
清子様が地面を掘っているので何をしているのかと覗くと50年銀貨が地面から出てきます。丁度お婆さんの土産代と親子の電車賃がまかなえます。お前何でこれが分かったのかと聞きますが、清子さんはわかりません。スエさんは毘沙門様が仰った、神のこの魂を持つ子は清子やなと気づかせて頂くのですね。50円銀貨のお陰でお姑さんにお土産を渡しお参りに行ってよかったなといわれ姑仲も円満になるのですね。
その外に、村会議員をされ、檀家総代もされており自宅で催された第1次世界大戦の祝賀式の席で、入ってきた清子様が鴨居に飾ってある皇居の二重橋を見て、「誰でも渡れる時代が来る」と仰った。当時は国民が皇居にはいるなどは考えられませんから、非国民扱いになるのですね。清子様は、二重橋は渡れる。渡れると何度も言います。村に広がり、警察に引張られ、重吉さんはお前が言わしているのやろう。言わせたらいかん。非国民めとお叱りを受けます。お前なんちゅうことを言うのか。何でこんなことを言うのかと清子様は重吉さんに叱られます。そして、スエさんに金光教に行って、まじないをやってもれと行って、金光教に行かれます。スエさんはここでも毘沙門様が仰った神の魂を持って子は清子だと悟られるのです。

13 この講で学ぶもの

お宗祖様は、天啓を受けられてから人助けのために苦労を重ねられます。自分の運命を嘆きながらも、これが自分に与えられた命であると悟られ、苦労を重ね身を粉にして人助けをされます。ご遺告にありますように、位が上がって自由自在のお力を頂かれますが、そのための試練だったのでしょうね。
この2講は、お母さんのスエさんがどんなつらい目にあっても、吉井家で辛抱なさったか。アホになると申しましょうか低い心ですね。この心になって、相手も分かってくれる。済まなかったなと言う言葉か帰ってくる。死んだつもりでもう一度やり直そう。基本は真心です。善根功徳を積むというこの講の教えを私たちは忘れたらアカンのですよ。

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by nohara4241 | 2008-03-22 11:16 | 法話宗祖伝