梅木先生回想録80

梅木先生回想録80

色情因縁を積むか積まないかの分かれ目
(おことば7 心の中に悪因を作らない)

御所教会の機関紙幸真から頂きました。故梅木弁雄様回想録

項目
1 回想80(20年1月号)
2 回想81(20年2月号)





1 回想80(20年1月号)

「色情因縁と仰いますが、私は他の人ほど因縁を積んだ覚えはございません。
青年の頃から会社時代にかけて。女性関係は潔白な方でした。
他にくらべれば、品行方正な方だったと自負しています。
それがどうして色情因縁と結びつくのでしょう」私はやや反発気味にお尋ねしました。

尊女は少し気色ばむ私をごらになりながら、
『色情因縁というものは、身体の関わりばかりではありません。
特定な人を心で思い詰めること自体、それと同じ罪を作るのです。
どんな行いも心が決めるのです。
良いも悪いも、皆心に責任があります。
人は誰でも美しいものを見れば美しいと思います。
しかし、自分のものでないものに、執着してはいけないのです。
私でも、毎日毎日色々な方に出合います。
その中には立派だなと思うかともあります。
しかし私はよい方だなと思うだけで、それ以上のことは思いません。
美しい花は美しいとだけ思えばよいのです。
その美しさに執着してはいけません。
ここが因縁を積むか積まないかの分かれ目があるのです。
あなたはその執着心が強いのです。
形さえ行えば、心正しい紳士のように、人に見せかけることができます。
心の中は人目には分かりません。
だから心で思うことは自由だと思って、罪に自覚がないのです。
でも神様の目は、それを誤魔化すことができません。
あなたは行いをしなくても、心に沢山の人を思ってきたのです。
それが色情因縁となっているのです』
尊女のお言葉で、私の過去の心を1つ1つ洗われる気持ちだった
おことば7 心の中に悪因を作らない。

2 回想2(20年2月号)

親が不用意に思ったり考えたりしたことが、可愛い子供を不幸にする種まきをしていたのだと思うと空恐ろしい気がしました。
長い間、私の心の奥深くに住んでいた魔の心を捨てなければならない。
どんなに好きな嗜好や趣味だ有っても取り去らなければならないのだ。
「有り難うございました。
因縁というものがそんな形で積み重なるものだとは知りませんでした。
大変失礼なことを申し上げて恐縮です。
可愛い子供の将来には替えられません。
これからは一生懸命、懺悔させて頂きます。どうかお助け下さいますよう」
色情の諭しは、尊女もお話しされるのがお辛いように拝されました。
私の言葉をお聞きになって、
「言いにくいことだったのですが、よく理解してくれました。
良い奥さんを持っているのですから、辛抱してください」
尊女は我がことのように言ってくださった。

「もったいないことです」恐縮しながら本殿を下がった。
知らないということは恐ろしいことだ。
人間の知恵や考えは、己自身の心に執着する余り、広い人間関係における心の罪を知ることが出来ない。
思えば神を知ることが出来ない人間は不幸だと思った。

(お言葉44 必ずお知らせがあるどんなことでも皆お知らせですよ。慌てふためくことはない。)
(お言葉47 子は鏡、親の行いが子に映る)
尊女はこの様にお言葉をお示しになっている。今思えばその通りだと思い。
家に帰るのを待ちかねたように妻は「弁天様はどう仰いましたか」急き込んでお指図を知りたがった。
「それは大変な原因だったよ」妻に言いにくい話だったがお諭しのすべてを話した。

回想録回想82へ続きます。

[PR]
by nohara4241 | 2007-12-29 21:16 | 講師の回想