人気ブログランキング | 話題のタグを見る

妙音新聞16号 立宗

立宗 (昭和27年8月、妙音第16号) 神代 智辯尼
◎ 五念と五果
○ 信仰の念は………福徳の因となる
○ 慈愛の念は………仏果を得る
○ 和合の念は………発展の因となる
○ 懺悔の念は………罪障を解く
○ 不平不満の念は…不幸を招く
(編集項目:ブログ者)
1 五念は生活の掟、1つでも実践
2 弘法大師の真言宗と真言弁天宗
3 弘法大師高野の道場
4 真言弁天道路




1 五念は生活の掟、1つでも実践

5ヵ月に連続して五念と五果について述べましたが、何分狭い紙面でありますので、その要旨もごく簡単でありましたので、五念の真意については十分ご得心ができなかったのではないかと存じます。
しかし、五念ということが私達が社会に処して行くにいかに大切であり、また、必要なことであるかということだけは、合点くだされたことと存じます。
又、新しく発足いたしました弁天宗(真言弁天宗のはずですが?)の立宗にも関係が深いことでありますからいずれその内に好い機会を得ましてもっと詳しく説くことに致します。
五念の趣旨が簡単でありましても、どうか皆様方には五念という真意を生活の掟とされまして1つ宛でも実践してくださって現世の幸福をお喜び下さい。

2 弘法大師の真言宗と真言弁天宗

さて、今月の紙上で弁天宗の立宗について、私の考えを申し述べることに致します。
宗教法が改正されましてすべての正慶が改革されます。
今まで高野山派の真言宗に属しております十輪寺でお祭りしていた弁天様もこの十輪寺より別れまして独立した宗教となりました。
去る5月13日に認証されて、ここに「真言弁天宗」となったのであります。
ただ今まで真言宗によって勤行しておりましたのを、改めて立宗いたしましたことは、高祖弘法大師より1200年連綿と伝わってまいりました法でありますから、真に結構な有り難い宗旨でありますが、すべての宗教は、その時の衆生の機に応じて布教されて衆生を済度されるのであります。
弘法大師がご苦労下さいました1200年前の衆生と今の世の衆生の機が、余程変わっておりますので、弘法大師が末法の衆生済度のために勧進されました大弁財天様が、今の世の衆生を済度下さるために、私を通じてお慈悲のお救いを顕現されております。
弁天様のご縁を催されて、弁天様に参詣され一心にお縋りする信者は、ことごとくお慈悲に救われておられます。
信者が自分お計らいに及ばぬ諸処(原文:諸々以下同じ)の罪障から生じてくる業報に苦しんでいるのを助けられますのも、弁天様がその人を救って大勢の人に仏法の不思議を知らしめ、そして仏法に導き入れられる神仏の方便であります。

3 弘法大師高野の道場

伝え聞くところによりますとその昔弘法大師が唐へ帝の勅命を奉じて留学され真言8師相伝の奥義を携えて、我朝に帰られ、この有り難いご法を伝導されましたが、衆生の機がご法を信ずる念が少ないので色々不思議をあらわして衆生を信仰に導かれたとのことであります。
弘法大師の珍しい不思議も皆仏法導入の方便であったと存じます。
1200年前に弘法大師が我が国に伝えました真言宗の教義は誠に有り難い教えであります。
しかし、この教えは密教と申しまして秘法を厳修いたします。
そして秘法を修法いたしますものは、必ず六根を清浄にせねばなりません。
六根と申しますと眼、耳、鼻、舌、身、意の6つであります。
即ち眼に諸処の不浄を見て、心の諸処の不浄を見ず。
鼻に諸処の不浄を嗅いで心の諸処の不浄を嗅がず。
耳に不浄を聴いて心に不浄を聴かず。
舌に不浄を味わって心に不浄を味あわず。
身に不浄を触れて心の不浄を触れず。
意に不浄を想って心の不浄を想わず。
常に六根を清浄にして更に五戒を守り八正道を究め十善戒の掟に従わなければなりません。
この厳しい戒律を守って真言密教の秘法を修しますとよく山を動かし、水を逆流せしむと申します。
真言功徳の広大もその修法する者の行徳によるのであります。
故に昔に、弘法大師は弟子の訓育に高野の道場を女人禁制とされたのです。
年移り月日が変わりまして女人禁制の掟も廃されて、善男善女が全国より入峰法悦に浸ることができます。
しかし、釈尊以来8師相伝されました弘法大師直伝の真言宗は、その根本教理に祖師の教えと異なって居るのではないかと思われます。
この戒律は真言宗だけではなかったのです。
8宗(日蓮宗を加えて9宗)の中で浄土真宗を除いた全部の宗教が信奉するところでありました。
明治の時代に宗教法の改正によって、一斉に改廃されたのでありますから、宗教理念の改革ではなく行政の改革でありますから、祖師立宗の真意と見ることができないのであります。
世俗行政の変革と異なり、遠く3000年、釈尊より伝わる崇高な教旨が革められべくもありません。
私は心ある人の深く究めたい心そして必求真法の想いが起こるのではないかと存じます。

4 真言弁天道路

この秋に当たりまして、大弁財天女尊が救世の方便に使えて18年いたしましてこの濁悪の世に相応しい衆生救済のきょうぎが顕現されました。
それは真っ暗な夜が東方より朱ね色にほのぼのと明けはじめた如く美しい恵みの世界がほんのりと浮かび出た感が致します。
今の世に相応した衆生救済の教義は大弁財天様直遍の真言辯天宗であります。
教義はすべてお話しいたしますが、この紙上では立宗した弁天宗の趣旨を例説で申し上げることといたします。
弘法大師は大勢の人のために仏国に往きます道を切り拓いてくださいました。
この道は真言宗と申します。
1200年前に発いて下された道でありますので、長い道を行く人の安全を念じられて、諸車や牛馬の通行を禁じられたのです。
従来の信者は歩く苦労がありましても、馬に跳ねられたり、車にひかれて怪我をすることもなく歩けたのです。
ところが時勢が移って明治になって宗教法の改正でこの真言道路を、車馬の通行が許されたのです。
車馬の通行は一部の人には利便になりましたが何分混雑する中を通るのですから、毎日毎日大勢の怪我人が出ております。
弁天様は安全な別の道を拓くよりも大師が拓かれた法則に従って、別に新しい道路を開かれたのです。
その設計は中央に弘法大師が設計された真言道路を造りその両側に人の歩く歩道を設けられたのです。
中央の道は車や車馬が通り、両側の道を人が通ることによりまして、毎日の如く起きております交通事故を、完全に防ぐ安全な神道となるのです。
この道の名称を真言弁天道路というのです。
釈尊以来相伝の真言の秘法は、真に結構でありまして、無上甚深の妙法でありますが、既に弘法大師が開宗されて1200年を経ました。現在ではその根本には何の変わりもありませんが、衆生の機が変わっておりますので、その時に応じて人力車も自動車も通さねばなりません。
こうした時勢による改変には色々な災難が起きて参ります。
その災難をそのままに致しますと、釈尊の教えも薄れますので、ここに大弁財天様は、衆生をこの世の災難より救うための立宗であります。
この立宗も要約いたしますと、1200年前にこのことを知って、弘法大師が野原の里に弁天様を勧進されたのでありますから、弘法大師の深い思し召しであります。
そして現実のこの世では諸処の罪障を消滅して、福徳を授け一期の命終には、浄土に導き、往生の大義を満足せしめ給うのであります。
立宗に際しまして信者の皆様はいよいよ信心の誠を尽くされて現実の幸福を喜ばれ、その喜びをそのまま次の世に移して頂く事をお祈り申し上げます。
なおこの立宗の要旨は革めて述べる機会があるかと存じます。