木蓮尊者とその母 (お盆の由来)

木蓮尊者とその母 
(お盆の由来:第1世管長智祥 昭和31年8月7日発刊妙音36号)

以前からこのお経の話はおかしいと思っていました。
ネット検索で 偽経についてN01 で偽経であるという根拠説明にやっと出合いました。


具教でsるという
(私見)
お盆によく聞かされました「うら盆会経の木蓮尊者とその母」について第1世管長様が妙音新聞紙上に投稿された記事がありましたから参考のために転載します。
私には大きな疑問が残ります。木蓮尊者は神通力を自分の家族である母親のためにしか使わなかったのでしょうか。
うら盆会経の作成者は他人を助ける衆生救済の慈悲の心を木蓮尊者は持ったない人であったということを証明したように思いますが、いかがでしょうか。
仏弟子ならやはり自分の母親より他人を救うために神通力を使うべきではないでしょうか。
インドの雨期で僧が修行に外出できないためにお盆の行事の新設と僧侶への布施をさせるためばかりを考え仏弟子本来の衆生救済の話を忘れたのでしょうか。
確か僧侶は2,000人、飾り付けた大広間での母親の供養だったように記憶しているのですが、僧侶1人日当1万円としても2千万円です。
とても貧乏人には実行できません。
すると貧乏人は救われないという事になりませんか。
2000年から1500年前に仏教を広めるために文字の読めない民衆と当時の世相を反映して書かれた経本を鵜呑みにはできませんよね。
お経本には得てして仏教の基本理念教理からほど遠い身勝手な創作ものがありますので困ります。
昔はそれでよかったのでしょうが、インターネットの時代では1つの用語に一般人から学者まで色んな方の考え意見を聞くことができますので、まがい物は廃除される時代になったのではないでしょうか?





(法話)
釈尊の弟子に木蓮という大変神通力にたけた方がおられました。
釈尊の弟子達から木蓮尊者木蓮尊者といわれ慕われていました。
大変立派な方で、特にこの方の親孝行は有名でありました。
ある時この木蓮尊者は、亡くなった自分の母上の事をふとご心配なされたのであります。
この方のお母さんはこんな立派な木蓮尊者を産み育てた方に似合わず、大変悪い人でした。
生前は、悪いことはあらゆる事をしたのです。人を騙し、人を刺し、人を憎み、人を罵ったのです。
ですから亡くなられてからもその霊は迷い、地獄の底で苦しんでいたのであります。
悪をなした当然の報いでありましょう。
頬はこけ、身体は痩せて針金のようになり、虫の息で苦しんでいるのです。
木蓮尊者はこのことをご自分の神通力によって知り、大変悲しまれました。
悪の報いとはいえ何という気の毒なことだ。
何とかしてこの苦しみをなめている母を救い出したいものだと考えられた木蓮尊者は、色々な果物や野菜や、飯食をお供えになり、ご供養をされました。
ところがお供物をお母さんが食べようとして、口元にもって行くと、それらは直ぐ火と変じて食べることができなくなってしまします。
お母さんは餓鬼道に落ちておられたのです。
これを見た木蓮尊者はこのことを釈尊に相談申しあげたたのです。
釈尊は、「それは気の毒なことだ。今の母を救うには悪の懺悔と供養しかない」と申されたので木蓮尊者は、直ちにその母のなした悪を懺悔しました。
そして2000人の僧侶を招いてご供養されたのです。
そうすると地獄の底で苦しんでおられたお母さんがたちまち天上に生まれ救われたということです。
この供養なされた日が、丁度7月の14日、15日頃であったのです。その謂われから「お盆」が始まったのであります。
私達も、お盆には先祖の供養をいたしますが、その場合は、できるだけ多くの方々にお供養するのが本当であると思います。
どうかこの意味をよく考えられてお盆をお迎えして頂きたいものであります。

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